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「生き方」

名物おかみは「みんなのふるさと」創業39年のお好み焼き屋さん


執筆者:

私の住む鹿児島市の玉里団地に「天狗太郎」という小さなお好み焼き屋さんがあります。ある時、この団地にある中学校の卒業生という30代の男性から、「この団地で天狗太郎を知らない人は、もぐりですよ。めちゃ、ソウルなお店ですから。是非、取材した方が良いですよ。」と力強く推薦されました。

学生時代からずっとお腹を満たしてくれた思い出の場所なのだそう。プロカメラマンとして活躍する今どきの若者と昭和の下町風情漂うお店とのギャップに興味をそそられ、お店に行ってみることにしました。

閉店前も満席のにぎわい

天狗太郎は、団地の商店街の裏通りにあります。
天狗太郎は、団地の商店街の裏通りにあります。
店先の赤い提灯が、お店の目印。前庭に咲く季節の花がお客さんを出迎えてくれます。
店先の赤い提灯が、お店の目印。前庭に咲く季節の花がお客さんを出迎えてくれます。
営業日は金曜日から月曜日までの4日間。営業時間は午前11時から午後3時までと聞いていたので、お昼時を避けて、午後2時過ぎに行ってみましたが、10席ほどのカウンター席は満席。テイクアウトのお客さんもひっきりなしにやってきて、大忙しでした。
テイクアウトのお客さんもひっきりなしにやってきて、大忙しでした。

「はい、焼きそば、あがったよ!」「はい、焼きそば、あがったよ!」

この店をひとりで切り盛りしているのが、小宮路克代さん、79歳です。

天狗太郎の店主 小宮路克代さん(79)天狗太郎の店主 小宮路克代さん(79)

「ソースは多め?普通?どうする?」「甘めでお願いします!」「あいよ。」元気のいいおかみさんの声が響きます。躊躇していると、克代さんが「入っていいよ。うちは、ほとんどが常連さんだから大丈夫。電話機の近くに座った人は電話番。(笑)お客さんが注文のメモをとってくれたり、お勘定をしてくれるんだから。(笑)」と言うと、お客さんも「そう。そう。」と笑顔で頷いて、店内のムードは和やかそのものです。
克代さんが「入っていいよ。うちは、ほとんどが常連さんだから大丈夫。電話機の近くに座った人は電話番。(笑)お客さんが注文のメモをとってくれたり、お勘定をしてくれるんだから。(笑)」
お客さんも「そう。そう。」と笑顔で頷いて、店内のムードは和やかそのものです。

なぜだか寄りたくなる…美味しさ+αのあるお店

この日、来ていた数組のお客さんにお話を聞きました。突然のことでみなさん
顔出しNGだったのですが、快く応じて下さいました。

母娘で来店母娘で来店

高校生の娘さんとお好み焼きを食べに来たというお母さんは…
「母の実家が玉里で、小学校の頃から来ているから、もう20年以上になるかな。」
この日は、魚介に豚肉、キャベツがたっぷり入った人気のミックスお好み焼きと焼きそばをオーダー。

人気のミックスお好み焼き人気のミックスお好み焼き

人気のミックスお好み焼き
ふたりで仲良く完食です。
ふたりで仲良く完食です。

「ごちそうさまでした!美味しかった~」「ごちそうさまでした!美味しかった~」
「はい、焼きそばとお好み焼きね!」「はい、焼きそばとお好み焼きね!」

こちらも親子でやってきたお客さん。

母娘ふたりで来店母娘ふたりで来店

「きょうは、娘の仕事が休みで、一緒に出かけることになったんで、その前に(天狗太郎で)ちょっと食べていこうかってことになって…ここは、おばちゃんが良いの。気さくであっさりしていて。」

「ごちそうさま!また来ま~す」「ごちそうさま!また来ま~す」

厨房前のカウンターでは、顔なじみの常連さんたちが、すっかり寛いでいます。みなさん、いつもの指定席って感じです。

きょうは何をたのみました?きょうは何をたのみました?

「うちの主人が、ここのたこ焼きが好きなの。ふわふわ、トロトロでね。喜ぶから、きょうは買って帰ろうと思って。(笑)」
こちらの方は、リュックサックを背負って、いつもやってくるそう…
こちらの方は、リュックサックを背負って、いつもやってくるそう…
「私は、週2回、ひどい時はもっと来るよ。(笑)前は歩いて来ていたんだけど、最近はバスに乗って来るの。一区間だけど。(笑)この人(おかみさん)とはもう40年以上の付き合いで、顔を見に来るの。それが一番。(夫は?)とっくの昔に逝きました。息子や孫と暮らしているけど、昼間はひとりでしょ。洗濯物干したら、行ってみようかな~って思うの。この人(克代さん)の顔を見ないと寂しいんです。会ったら、明るくなるの。」

何ともいえない居心地の良さが天狗太郎のもう一つの魅力のようです。そして、みなさんが口をそろえて言っていたのが店主、克代さんの人柄。ポンポンとテンポよく掛け合うお客さんとの会話が小気味よく、みんなを笑顔にしていきます。

「天狗太郎」の歴史

克代さんがお店を始めたのは、昭和59年、41歳の時でした。創業から39年。今もみんなに愛されている天狗太郎の歴史を知りたくなって、克代さんにお話を伺いました。

創業39年「天狗太郎」の店主 小宮路克代さん(79)創業39年「天狗太郎」の店主
小宮路克代さん(79)

「もともとは、亡くなった主人が脱サラして、お店を始めようって言い出したの。
でも、商売なんてやったこともないサラリーマンでしょ。できるわけないじゃない。(笑)私の方が才があって、主人は勤め人を続けて、私がやることになったの。(笑)」
最初は、福岡にあるお好み焼きチェーンのフランチャイズ店としてのスタートでした。福岡まで研修を受けに行って、そこで、お好み焼きやたこ焼きづくりのいろはを仕込まれたそうです。克代さんのお店は、あっという間に人気が出て、9ヶ月で鹿児島市内に3店舗を構えるほど繁盛しました。「でも、ふたつ潰しました。(笑)」笑って話す克代さんですが、きっといろんな苦労があったんだろうな。残ったのが、この玉里団地店。フランチャイズを離れての再出発でした。克代さんは、独学で研究を重ね、試行錯誤しながら、今の天狗太郎の味をつくってきました。
「お出汁が味の決め手」と話す克代さん

「お出汁が味の決め手」と話す克代さん「お出汁が味の決め手」と話す克代さん

「うちはね、お出汁にこだわっているの。焼きエビ、あご出汁、イリコ、北海道産の昆布、出汁は、安物は使いません。前日に出汁を仕込んで、これを混ぜて焼くと味が全然違うんだから。あとキャベツね、安くていいものを探して、今でも店を3店舗くらい回ることもあるよ。若い頃は、バイクの前と後ろに15キロくらい積んで、買い出しに走り回ったものだったよ。(店を出してから)最初の15年くらいは、朝9時から夕方7時まで、Ⅰ年間に3日しか休んでなかったから、よく働いたよ。」

ちょうどお店を出した昭和59年の頃、団地は第2次ベビーブームで誕生した子どもたちで溢れ、活気にあふれていました。克代さんの3人の子どもたちも地元の小学校に通っていました。顔なじみのお母さんたちも多く、親子で、子どもたち同士で、安心して立ち寄れる場所になっていきました。「お腹すいたら天狗太郎!」って言いながら、育った子どもたちがたくさんいました。
「お腹すいたら天狗太郎!」って言いながら、育った子どもたちがたくさんいました。

お客さんと共に歩んだ39年

「ほら、これみんなうちの常連だった子たち。」克代さんが、店に貼ってある写真を見せて下さいました。
「ほら、これみんなうちの常連だった子たち。」克代さんが、店に貼ってある写真を見せて下さいました。
「ほら、これみんなうちの常連だった子たち。」克代さんが、店に貼ってある写真を見せて下さいました。
重ねて貼ってある紙に写るおびただしい数の写真。克代さんにとっては、その一つひとつが忘れられない思い出です。
重ねて貼ってある紙に写るおびただしい数の写真。克代さんにとっては、その一つひとつが忘れられない思い出です。
重ねて貼ってある紙に写るおびただしい数の写真。克代さんにとっては、その一つひとつが忘れられない思い出です。
「昔、よく来ていた子どもたちが、大きくなって『彼女ができました!』『結婚しました!』『子供が生まれました!』って、今度は、彼女や家族を連れてやって来てくれるの。成人式の日に晴れ着姿のまま見せに来てくれた子が、お母さんになって報告に来てくれたりしてね。県外からわざわざ一家で訪ねてきてくれる人もいて…『よく来たね。頑張りなさいよ。』って発破をかけるの。(笑)」
「昔、よく来ていた子どもたちが、大きくなって『彼女ができました!』『結婚しました!』『子供が生まれました!』って、今度は、彼女や家族を連れてやって来てくれるの。
「昔、よく来ていた子どもたちが、大きくなって『彼女ができました!』『結婚しました!』『子供が生まれました!』って、今度は、彼女や家族を連れてやって来てくれるの。
克代さんは、ずっとここにいて、みんなを待っていてくれるふるさとのお母さんのような存在なのです。克代さんにとっても、また天狗太郎を忘れずにいてくれるお客さんが、働き続ける原動力になってきました。
克代さんにとっても、また天狗太郎を忘れずにいてくれるお客さんが、働き続ける原動力になってきました。

悲しみからの復活

いつも元気で、みんなを励まし続けている克代さんですが、去年体調を崩して、店を開けられない時期が長く続きました。今も定期的に病院のリハビリに通っているお母さんを気遣って、日曜日には、鹿児島市内に住む次女の紀子さんが孫の心遥(こはる)ちゃんを連れて、手伝いに来てくれます。娘と孫と一緒に店に立つ克代さんは、いつもに増して張り切っているように見えました。

娘の紀子さんと孫の心遥ちゃんと…娘の紀子さんと孫の心遥ちゃんと…

この克代さんからは想像もつきませんが、去年は、一年のほとんど店を閉めていたそうです。娘の紀子さんが「もうお話してもいいんじゃない?」って口火を切って、去年、最愛の息子さんが亡くなったことを教えて下さいました。47歳でした。この出来事をきっかけに、それまで頑張り続けてきた克代さんの心と体は悲鳴を上げ、お店に立つことができなくなりました。一時は歩くこともできないくらい弱ってしまったそうです。コロナ禍の時も、お客さんがお持ち帰りを増やすなどして支え、乗り切ってきた天狗太郎でしたが、この時ばかりは、お店存続の最大のピンチでした。「子どもが亡くなるって悲しいものよ。」克代さんが、ポツリとつぶやいた一言に、悲しみの深さを知りました。

お店、再開のきっかけを尋ねると、克代さんと紀子さんは顔を見合わせて、「やっぱりお客さんの声だったよね。」と当時をしみじみ振り返りました。「いつ開けるの?おばちゃんの顔を見ないと寂しいよ。」「おばちゃんのお好み焼き食べたいから、一日でもいいから開けてよ。」そんなお客さんの声が、克代さんの背中を押し、再び店に立つ力を与えてくれました。

昨年末、月に10日程度から始め、お店を再開。週6日の営業日を週4日に減らして、天狗太郎に克代さんが戻ってきました。紀子さんに、お母さんのことを尋ねると、「凄いなって思います。もう尊敬しかないですよね。」と即答で返ってきました。母親への敬意を真っすぐに伝える紀子さんの言葉に、克代さんのこれまで歩んできた一本筋の通った生きざまを見る思いがしました。

再び店に立った克代さん再び店に立った克代さん

 

天狗太郎の再開はみんなの喜びでした!天狗太郎の再開はみんなの喜びでした!

ここは、みんなのホームタウン

取材をしていて、天狗太郎が「みなさんにとってのホームタウンなんだ」と感じる瞬間にいくつも出会いました。

「みんなに助けられてきた。」と話す克代さん「みんなに助けられてきた。」と話す克代さん

60代のこのお母さんは、こんな話をしてくれました。
60代のこのお母さんは、こんな話をしてくれました。
「おばちゃんとは、もう35,36年の付き合いになるよね。ここに来ると、自分が素でいられるの。娘に3つ子が生まれた時は、色々大変で、おばちゃんが、悩みを聞いてくれて、アドバイスしてくれたものね。飾らないし、答えがストレートに返ってくるから、すごく頼りになるの。その孫たちも大きくなりました。(笑)」

「こんなに小っちゃかったのに、もう中学2年生だよ。」「こんなに小っちゃかったのに、もう中学2年生だよ。」

 

「もうそんなになった。早いね~。」「もうそんなになった。早いね~。」

こんなサプライズもありました。この団地に住むお母さんが、一枚のはがきを持ってやってきました。それは、ドイツに嫁いだ娘さんから「おばちゃんに渡して。」と託されたエアメールでした。

ドイツから届いたエアメールドイツから届いたエアメール

はがきには「帰国した時にお店が休みで、おばちゃんに会えなくて残念だったこと、必ずまたおばちゃんのお好み焼きを食べに帰って来るから、それまでお互い元気でいましょう。」と綴られていました。
はがきには「帰国した時にお店が休みで、おばちゃんに会えなくて残念だったこと、必ずまたおばちゃんのお好み焼きを食べに帰って来るから、それまでお互い元気でいましょう。」と綴られていました。
幼い頃から家族一緒によく通っていたという天狗太郎は、日本を離れ、異国で暮らすこの娘さんにとって、まさにふるさとそのものなのでしょう。思いがけない便りに、おばちゃんの目も、心なしか潤んでいるように見えました。
思いがけない便りに、おばちゃんの目も、心なしか潤んでいるように見えました。
81歳になるというこの方は、克代さんと、もう半世紀近い付き合いになるそうです。
81歳になるというこの方は、克代さんと、もう半世紀近い付き合いになるそうです。
81歳になるというこの方は、克代さんと、もう半世紀近い付き合いになるそうです。
「2人とも、県外から鹿児島の人に嫁いで、知り合いも少なかった時に、ママさんバレーで出会って、意気投合したのよ。知り合った頃、2歳だった息子が、もう50歳だもんね。」「あの頃は、お互い元気だったよね。」当時を懐かしそうに振り返ります。克代さんが「きょうは材料が全部売り切れちゃったから、ネギだけでお好み焼きつくってみようか。白だし入れて。」と、特製のお好み焼きを作り始めました。

「私も初めて作るんだから…」「私も初めて作るんだから…」
「味は分からないよ。」「味は分からないよ。」

「キャベツが余ってるから持っていく?そしたら、買い物行かなくてすむでしょ。私たちはいつもこんな感じよ。私の方こそ、いつもお世話になっているんだから、お互い様よ。」こんなやりとりを聞いていて、ふと、この店があって、みんなの絆が繋がれてきたんだなぁと感じました。この日も、リュックサックのおばちゃんがやってきました。
こんなやりとりを聞いていて、ふと、この店があって、みんなの絆が繋がれてきたんだなぁと感じました。この日も、リュックサックのおばちゃんがやってきました。
こんなやりとりを聞いていて、ふと、この店があって、みんなの絆が繋がれてきたんだなぁと感じました。この日も、リュックサックのおばちゃんがやってきました。
気の置けない人たちと、顔を合わせてのおしゃべり。何とも言えない、まったり、ゆったりとした時間が流れています。
気の置けない人たちと、顔を合わせてのおしゃべり。何とも言えない、まったり、ゆったりとした時間が流れています。
「ちょっと、バスの時間を見てくるね。また戻ってくるかもよ。(笑)」
「ちょっと、バスの時間を見てくるね。また戻ってくるかもよ。(笑)」
団地の高齢化が進む中、天狗太郎は、同じ時代を、共に生きてきた人たちが気兼ねなく「ゆんたく」できる場所にもなっているのです。きっとここは、お客さんたちにとって、自分たちの歩んできた道を重ね合わせ、若かりし頃を懐かしく想い起こさせてくれる居心地の良い場所なんだろうな。お店を開いて足掛け39年。天狗太郎の日常は、どこまでも自然体です。
団地の高齢化が進む中、天狗太郎は、同じ時代を、共に生きてきた人たちが気兼ねなく「ゆんたく」できる場所にもなっているのです。
「動ける限りはやめるつもりはないよ。」と笑う克代さん。「はい、いらっしゃい。」という威勢のいい声が、今日もお客さんを温かく迎え入れてくれています。
「動ける限りはやめるつもりはないよ。」と笑う克代さん。「はい、いらっしゃい。」という威勢のいい声が、今日もお客さんを温かく迎え入れてくれています。
「動ける限りはやめるつもりはないよ。」と笑う克代さん。「はい、いらっしゃい。」という威勢のいい声が、今日もお客さんを温かく迎え入れてくれています。
「動ける限りはやめるつもりはないよ。」と笑う克代さん。「はい、いらっしゃい。」という威勢のいい声が、今日もお客さんを温かく迎え入れてくれています。

天狗太郎

メニュー:お好み焼き、たこ焼き、焼きそば 等
お持ち帰り有り
営業日:金曜、土曜、日曜、月曜
営業時間:午前11時~午後3時
住所:鹿児島市玉里団地3丁目19-7
電話:099-229-5931

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