「活弁」ってご存じですか?私もこの取材をするまで、こんな世界があることを知りませんでした。無声映画にセリフや情景描写を加えて楽しむエンターテインメントで、隆盛を極めた大正期には、弁士の追っかけがいるほど人気を博していたそうです。
発声映画の出現で、職業弁士は激減しましたが、今も15名ほどの活弁士が日本独特の話芸文化を継承しています。11月15日と16日、今、最も活躍する活弁士のひとり、佐々木亜希子さんの活弁シネマライブが鹿児島で初めて開催されます。佐々木さんに活弁との出会い、魅力などを伺いました。
運命の出会い!
初めて聴いた日に「私、これやる!」って決意
佐々木亜希子さんは、日本で数少ない活動写真弁士(映画説明者)・活弁士のひとりです。
活弁と生演奏で楽しむサイレント映画の魅力をもっと多くの人に伝えたいと、全国各地を飛び回っています。佐々木さんの最初のキャリアはアナウンサーです。大学を卒業後、地元のNHK山形放送局で3年間キャスターを務め、その後フリーとなりました。そんな佐々木さんが活弁と出会ったのは1999年だったと言います。
「上京後、FM埼玉で仕事をしていたのですが、その時の先輩チーフアナウンサーが活弁公演に連れて行って下さったんです。私は子どもの頃からお芝居が好きで、ちょうどその頃朗読劇をやり始めていたので、先輩が『それなら、絶対これを見ておかなきゃ!』と誘って下さったんです。あの時の感動は、今も忘れられません。その日の晩には「私、コレやる!」って決意していましたから。(笑)」
その日、ステージに立っていたのは、日本を代表する活弁士、沢登翠(さわとみどり)さんでした。無声映画に合わせて、すべての登場人物のセリフをつけ、映像世界をナビゲートする「活弁」に心が躍ったと言います。活弁士は、単に映画を解説するだけの人ではなく、無声映画を解釈し、原稿やセリフを自分でつくり、それを自分の話芸で演じる総合ナビゲーターであることに魅了されました。「私もその表現者になりたい。」揺るぎない決意が芽生えた瞬間でした。
しかし、事はそう簡単には進みませんでした。沢登翠さんは、弟子を取っておらず、周囲からも「一人前になるまでに10年はかかるよ。」「音も映像も進化し続けている時代に活弁士が活躍できる場があるの?」「活弁士では、食べていけないよ。」など、愛情ゆえのシビアな声をたくさんもらったそうです。
思いがけず扉が開いた
しかし、それから1年後、思いがけずチャンスが巡ってきました。東京に無声映画の常設レストランシアターが出来ることになったのです。「オーディションを受けて、そこから道が開けていきました。」と佐々木さん。諦めずに想い続けることで、時が味方してくれて、活弁の世界に導かれたと話します。2001年から、無声映画をライブで語る活弁士として活動を開始し、全国各地での上映会や学校での公演など数多手がけてきました。長年培ってきた喋りの技術に、オリジナルの感性を吹き込み、今では200作以上のレパートリーをもつ売れっ子活弁士となりました。
念願だった鹿児島での上映会
「いつか鹿児島でやりたいなぁって思っていたのですが、コロナの自粛があったりして、なかなか実現しなかったんです。だから今回は、満を持しての開催で、本当にワクワクしてます。鹿児島では、多くの方たちにとって、初めて触れる活弁だと思うので、めいっぱい楽しんでほしいです。」そして、佐々木さんから、今回のシネマライブで共演する、とっておきの方をご紹介していただきました。活弁に欠かせない生演奏を担当する楽士、永田雅代さんです。
永田さんは、佐々木さんが最も信頼する楽士のひとりで、20年近く一緒にやってきた良き相棒です。佐々木さん曰く、「活弁ライブの醍醐味は、語りと生演奏との『あうん』の呼吸なんです。永田さんは、クラシックからジャズ、ヒップホップから演歌まで、なんでもこなす凄い人なんですよ。世界中の映画に対応できる幅広い音楽の知識と技術、豊かな感性、その引き出しの多さにいつも驚かされます。」
その永田さんは、鹿児島県の出身。今回、鹿児島市だけでなく、永田さんの故郷の鹿屋市でもライブが実現することになりました。
楽士は薩摩おごじょ!マルチな音楽家、永田雅代さん
佐々木さんと長年コンビを組んできた永田雅代さんは、ピアニスト、キーボーディストとしてこれまで多種多彩なアーティストと共演、音楽プロデューサーとしても活躍しています。無声映画の楽士としても数多くの作品を手がけ、佐々木さんとの共演作品も150作品に及びます。幅広いジャンルの音楽と作品理解に基づいた即興演奏には定評があると言います。永田さんに活弁シネマライブの魅力を聞きました。
「音のない映画にライブで音楽を乗せていくその臨場感がたまらないですよね。佐々木さんの語りも、その日の会場の雰囲気や空気を感じながら変わりますし、アドリブも入ります。それに合わせて私の演奏も変わっていく。音楽のライブやコンサートと同じで、会場全体が生きもののようなんです。会場で交わされるやりとりの中でつくりあげていく楽しさがありますよね。同じ映画でも、1回1回、違ったものになるし、笑い声が聞こえてきたら楽しんでるんだなぁって、すすり泣く声が聞こえてきたら伝わっているんだなあって感じられてきて…もろに肌でライブを感じられるステージなんです。」
誰もが楽しめるバリアフリーなエンターテインメント
永田さんは、さらに、活弁シネマライブは「誰も仲間はずれにしない」バリアフリーなシネマだとも話して下さいました。老いも若きも、障がいがある人もない人も、この場に集うと、一緒にその楽しさを味わうことができるというのです。視覚に障がいのある人は、活弁士の語りと音楽からその映像世界を想像し、耳に障がいのある人は、パフォーマンス豊かな無声映画の表現や字幕からその楽しさを体感することができるというのです。(もともと無声でわかるように制作された映画ですから。)
自らNPO法人Bmapを立ち上げ、長年バリアフリー映画の上映や普及活動に力を注いできた活弁士の佐々木さんも「活弁」のもつ豊かなバリアフリー性に大きな可能性を感じています。佐々木さんは、長年視覚障がい者向けの映画音声ガイドにも取り組んでおり、アニメ映画『君の名は。』や『おくりびと』『カツベン!』など、活弁を活かした音声ガイドも数多く手がけてきました。映画のバリアフリー化は佐々木さんが一貫して大切にしてきたテーマです。
「私はよく4世代が一緒に楽しめるのが『活弁』ってお話するんです。(笑)世代を超えて、子どもから大人まで、障がいのある人も無い人も、垣根を越えて同じ空間で楽しさを共有できるって素敵ですよね。」
上映されるのはどんな映画なんでしょうか?
11月15日(火)16日(水)!
活弁士シネマライブin鹿児島の見どころ
活弁士によるサイレント映画が上映されるのは、鹿児島では初めてということで、誰でも入っていきやすい、多くの人に馴染みがある映画を選んだそうです。無声映画時代は、最初に短いニュース映画や短編喜劇などが上映され、その後、長編の本命映画が上映されるスタイルが多かったようです。今回は、まずは、チャップリンの短編から始まり、続いて、小津安二郎監督の長編映画の名作が上映されることになっています。
上映映画
◎11月15日(火) 鹿児島県黎明館(鹿児島市)
- 『チャップリンの消防夫』(監督・主演:チャールズ・チャップリン)
- 『生れてはみたけれど』(監督:小津安二郎)
◎11月16日(水)サウンドガレージ鏡堂(鹿屋市)
- 『大学は出たけれど』(監督:小津安二郎)
- 『結婚哲学』(監督:エルンスト・ルビッチ)
古くて新しいエンタメ!
「活弁シネマライブ」を是非、ご一緒に♪
最後に、活弁シネマライブを引っ張るお二人からのメッセージをお伝えします。
楽士の永田雅代さんから…
「小学生の子どもたちがモノクロの映画を見て『色が無い!』って驚いて、感動したりするんですよ。それを聞いて、こちらも思いもよらぬ発見をします。現代の生活が、色彩で溢れているからこそ、100年前のモノクロの世界がとても新鮮で新しいものに見えてくる。自分にもお客さんにも思いもよらぬ新しい発見をさせてくれるのが活弁シネマライブ、楽しいですよ。」
活弁士の佐々木亜希子さんから…
「無声映画に昔懐かしい郷愁を感じる方もいらっしゃるでしょうし、映画と語りと音楽がミックスした新しいエンターテインメントとして楽しんで下さる方もいらっしゃると思います。受け取る人によって感じ方も様々。活弁シネマの世界から、きっと何かを感じていただけるはずです。“懐かしく、温かく、心躍る”エンターテインメントの世界を、観て、聴いて、感じて、是非、体感してもらえたら嬉しいです。」
活弁シネマライブのご案内
佐々木さん、永田さんにお話を伺って、まだ触れたことがない活弁シネマライブの世界を覗いてみたくなりました。鹿児島での活弁士シネマライブ、11月15日(火)は鹿児島市で11月16日(水)は鹿屋市で開催されます。詳しくは下記のチラシでご確認下さい。