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「暮らし」

それでも春はやってくる! 蕗の薹、春を食べる、梅満開…


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長引くコロナ禍の中で、先の見えない毎日にどこか気持ちも沈んでしまいがちです。そんな中でも、変わらず巡ってくる春のたよりにホッとさせられ、励まされます。

庭にひょっこり現れてくれた蕗の薹、ほろ苦い春の味。急逝した老師の禅寺に咲く満開の花・・やってきてくれた春が、今年は心に沁みてきます。そんな身近な春をスケッチしました。

春告げ草は梅の花

今年も真っ先に春の訪れを教えてくれたのは、庭の梅の花でした。
今年も真っ先に春の訪れを教えてくれたのは、庭の梅の花でした。
まだ身も縮むような寒さが続いていた1月の下旬のことです。数輪の蕾が膨らんで、ピンクの花びらをのぞかせいるのを見つけて嬉しくなりました。
数輪の蕾が膨らんで、ピンクの花びらをのぞかせいるのを見つけて嬉しくなりました。
「植物たちは、いつも通り。何があっても変わらないな。」その逞しさにホッとあたたかい気持になりました。梅は百花に先駆けて咲くことから「春告げ草」とも言われているそうですが、寒風の中、凛と咲くその佇まいは健気で、それでいて力強さ感じます。

冬枯れの庭が華やぎ、窓から見える早春の景色を楽しみました。

暖かい日が続くと開花は一気に進みました。立春を過ぎると、待ちきれなかったかのように次々とほころんで、冬枯れの庭が華やぎ、窓から見える早春の景色を楽しみました。控えめにうつむく姿が美しいクリスマスローズが、今も咲いてくれています。

クリスマスローズクリスマスローズ

「冬の貴婦人」という愛称にふさわしく、気品ある姿で冬枯れの庭をずっと彩ってくれていました。ある年、園芸好きの方が「ほら、花がお礼を待ってるよ。肥やしをあげんとね。」と言っていた言葉を思い出しました。

「咲いてくれてありがとう」のお礼肥です。私たちを楽しませてくれる植物たちは、花を咲かせたり、果実を実らせるのに、精一杯のエネルギーを使っているんですね。消耗して弱った植物に感謝(お礼)の気持ちを込めてあげる「お礼肥」。優しい言葉です。
消耗して弱った植物に感謝(お礼)の気持ちを込めてあげる「お礼肥」。優しい言葉です。
黙って待っている花たちの声にもちゃんと耳を傾けて、お礼を忘れないようにしなくっちゃ。

早春の使者「蕗の薹」がいっぱい

立春を過ぎたころ、我が家の庭の足元に可愛らしい蕗の薹がいっぱい咲いているのを見つけ、ちいさな春を見つけて嬉しくなりました。
立春を過ぎたころ、我が家の庭の足元に可愛らしい蕗の薹がいっぱい咲いているのを見つけ、ちいさな春を見つけて嬉しくなりました。
毎年、うちの庭には数個ずつ蕗の薹が顔をのぞかせてくれるのですが、今年は、あっちにもこっちにも…どうして今年はこんなに出てきてくれたの?ころっとした蕗の蕾がかわいらしくて、ついついしゃがんで眺めてしまいます。
ころっとした蕗の蕾がかわいらしくて、ついついしゃがんで眺めてしまいます。
春の息吹を伝える山菜の中でも一番早く出てきてくれるちいさな春の使者たち、薄緑色はまさに早春の色です。せっかくなので今年は収穫して、春の味を楽しむことにしました。

庭で収穫した蕗の薹庭で収穫した蕗の薹

やっぱりシンプルに、そのままてんぷらにしていただきました。花を咲かせるように揚げたかったのですが、そんなに上手にはいきませんでした。でも、サクッとふわっとした食感と独特のほろ苦さが絶妙な味で、やみつきになりそうなくらい美味しかったです。

ほろ苦い春の味を味噌ダレでいただきました!ほろ苦い春の味を味噌ダレでいただきました!

シンプルにお塩でと思ったのですが、うちは味噌ダレで頂きました。赤味噌と砂糖、酒、みりんを合わせて火にかけて練った甘めのタレを添えると、苦みが少し和らいでやさしい味なりました。

ふき味噌まで作ってみました!ふき味噌まで作ってみました!

ごま油で炒めて、味噌、砂糖、みりんで味付けするふき味噌も、ほろ苦さがいい感じです。ご飯のお供やおにぎりの具によさそうです。「春の料理には苦みを盛れ」という言葉あるそうです。

春の山菜の天然の苦みを体に入れて、冬の間に縮こまっていた体を目覚めさせて活動的にしてくれるんだそうです。蕗の薹の苦みで、私もぼんやり冬眠から目覚めるかな?というより…のん兵衛の私は、さっそく焼酎を飲みたくなりました。

老師を偲んで梅が満開に

毎年、私が梅の花を見るのを楽しみにしている場所があります。鹿児島市の草牟田にある禅寺(光明禅寺)です。

光明禅寺(鹿児島市草牟田1丁目)光明禅寺 (鹿児島市草牟田1丁目)

観光地としての梅の名所ではありませんが、このお寺は、実家の菩提寺でちょくちょくお墓参りに行きます。ここの手入れの生き届いた枯山水の庭を見るのが好きなのです。特に1月の下旬から2月にかけては、見事な梅の園が広がって、いつも春を教えてくれる場所でもあります。2月21日、もう梅は終わってしまったかなぁと思いながら行ってみたら、満開の梅の園が広がっていました。

雪が舞うようにこぼれ咲く白梅雪が舞うようにこぼれ咲く白梅

ここだけが別世界…あたたかな春の空気に包まれていて、今年の梅は圧巻でした。
ここだけが別世界…あたたかな春の空気に包まれていて、今年の梅は圧巻でした。
梅の手入れを欠かさずしていた前住職の松本憲融老師が急逝されたのは、昨年10月末のこと。病気知らずのお元気な姿だっただけにその知らせを聞いたときは信じられませんでした。一昨年の1月、てのんで取材をさせていただき、禅寺の枯山水の庭のこと、梅の花のことをやさしく教えて頂きました。

新年に心新たまる場所、禅寺に行ってみた!禅の庭、拝見!出かけたのは、鹿児島市にある臨済宗のお寺。 実家の菩提寺ということもあり、良く足を運んでいますが、とても落ち着く場所です。 禅寺...

いつ、だれが来ても心地よく迎え入れる場所としてこの庭を大切にして、手入れを欠かさなかった松本憲融前住職。もうお会いすることはできません。
いつ、だれが来ても心地よく迎え入れる場所としてこの庭を大切にして、手入れを欠かさなかった松本憲融前住職。もうお会いすることはできません。
いつ、だれが来ても心地よく迎え入れる場所としてこの庭を大切にして、手入れを欠かさなかった松本憲融前住職。もうお会いすることはできません。
こぼれるように咲きほころんでいる梅の花を見ながら、梅の花が、松本憲融前住職にこれまでのお礼返しをしているように感じられて、思わず胸が熱くなりました。
梅の花が、松本憲融前住職にこれまでのお礼返しをしているように感じられて、思わず胸が熱くなりました。
この日も枯山水の庭は、以前と変わりなく砂紋が美しく描かれ整っていました。

熊手で美しく砂紋が描かれた枯山水の庭熊手で美しく砂紋が描かれた枯山水の庭

今はどなたがお手入れをしていらっしゃるのでしょう。前住職が続けてこられた日日のお仕事を次の世代の方々がしっかりと引き継いでいらっしゃることを感じ、心打たれるものがありました。前住職が教えて下さった禅の言葉「日日是好日」が浮かびました。
前住職が教えて下さった禅の言葉「日日是好日」が浮かびました。

不自由さの中のしあわせ

ふと、植物好きの知人が「植物になりたいなぁ」とつぶやいていたことを思い出しました。寒さや暑さをしのぎながら、時を待ち、お日さまや雨や自然と折り合いをつけながら、生命をつないでいる姿に愛着を感じてのことでした。春を教えてくれる植物たちを見ていると、そのひたむきさが愛おしく感じられてきます。
春を教えてくれる植物たちを見ていると、そのひたむきさが愛おしく感じられてきます。
春を教えてくれる植物たちを見ていると、そのひたむきさが愛おしく感じられてきます。
知人はこうも言いました。「でも植物は動けないからなぁ。」そうかぁ。植物は自分の力で動くことが出来ないんだ。不自由だろうなぁ。だから、その場所に適応しながら、鳥や虫たちの力を借りて花を咲かせたり、実をつけたりして生きているんだなぁ…改めて気づかされた新鮮な発見でした。

コロナ禍の中で、世界中で人と人が自由に行き来できない不自由な生活が続いています。自分の生きる場所が狭められていく生活は、閉じ込められていくようで辛いですよね。でも不自由さの中で足元から見えてくるちいさなしあわせや気づきもあるものですね。

きょうも変わらぬ景色が、私たちを励ましてくれています!きょうも変わらぬ景色が、私たちを励ましてくれています!

今まで何気なく見ていた景色が、今年は違って見えてきた春の日々。この心持ちを『日日是好日』っていうのかな。

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