「ぶらり旅」

身近な世界遺産、関吉の疎水溝を行く~ふれあいの春旅~


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お天気の良い日に、ぶらりと歩いてみたい季節になりました。うちから車を15分ほど走らせたところに、のんびりと散策できるお気に入りの場所があります。
鹿児島市下田町の「関吉の疎水溝」です。2015年に世界文化遺産に登録されて
から一躍、注目されるようになりましたが、それまでは知る人ぞ知る隠れた癒しスポットでした。のどかな田園風景の中を歩きながらの数時間で身も心もリフレッシュ。道々、この場所を大切にしてきた人たちともお会いできて、ちいさな春旅を楽しみました。

関吉の疎水溝のある鹿児島市下田町関吉の疎水溝のある鹿児島市下田町

関吉の疎水溝って何?

関吉の疎水溝は、我が国の産業革命のさきがけとなった集成館事業の名残を伝える遺構です。集成館事業は、江戸時代末期、薩摩藩11代藩主・島津斉彬によって推し進められたもので、欧米列強の脅威に対抗するための富国強兵、殖産興業の策として鹿児島市の磯に近代工場群「集成館」がつくられました。集成館では、製鉄やガラス、陶器、薬品、織物などの製造をはじめ、艦船の建造や大砲などの武器製造などが行われ、日本の近代工業の発祥の地とも言われています。その集成館に必要な動力(水力)を供給するために築かれたのが関吉の疎水溝でした。関吉からおよそ7㎞にわたる水路が築かれ、その水が磯の集成館まで運ばれ、日本初の近代工業群を動かす大きな力(エネルギー)となっていたのです。関吉の疎水溝は、2015年(平成27年)「明治日本の産業遺産・製鉄・製鋼 造船 石炭産業」の構成資産のひとつとして世界文化遺産に登録されました。日本の近代化に貢献した貴重な産業遺産として、その価値が認められたのです。

春色の関吉の疎水溝

私が初めてこの場所を知ったのは、まだ世界文化遺産に登録されていない10年以上前のことでした。知人に教えてもらって訪れた時、市街地からそう遠くないところに、こんな秘密基地みたいな場所があることに驚きました。以来、ちょっとした気分転換にぶらりと出かけるお気に入りの場所になりました。3月下旬、のんびり春の気分を味わいたくて、久しぶりにお出かけしてきました。県道25号線、鹿児島蒲生線を鹿児島市街地から吉田方向に車を走らせると、右側に「せきよしの物産館」の大きな看板が見えてきます。

物産館の看板が目印です!物産館の看板が目印です!

ここの駐車場(約10台)とそのすぐ近くの農家レストラン&カフェ「稲音館」の
駐車場(約10台)に車を停めさせていただけます。物産館には地元の採れたての野菜や果物、お花などがたくさん並んでいて、帰り道のお買い物も楽しみのひとつです。

春のお花や新鮮なお野菜がいっぱい並んでいました春のお花や新鮮なお野菜がいっぱい並んでいました

春のお花や新鮮なお野菜がいっぱい並んでいました
車を降りたら、ここからはちょっとしたウォーキングを楽しみます。あたりの田園風景はどこまでも長閑。
車を降りたら、ここからはちょっとしたウォーキングを楽しみます。あたりの田園風景はどこまでも長閑。
この日は、日差しも暖かく、こぼれ咲く菜の花が迎えてくれました。
この日は、日差しも暖かく、こぼれ咲く菜の花が迎えてくれました。
この日は、日差しも暖かく、こぼれ咲く菜の花が迎えてくれました。
関吉はすっかり春色です。歩き始めてすぐ「稲音館」の前庭にハーブ園がありました。「りなちゃんちのハーブ園」とあります。
関吉はすっかり春色です。歩き始めてすぐ「稲音館」の前庭にハーブ園がありました。「りなちゃんちのハーブ園」とあります。
関吉はすっかり春色です。歩き始めてすぐ「稲音館」の前庭にハーブ園がありました。
この女の子が、りなちゃんでした。レストランのオーナーのお孫さんで、ちょうど広島から帰省していたところでした。オーナーの新森和江さんが、「今がとてもいい季節よ。あとで時間があったら、寄っていったら。」とお声をかけて下さいました。

レストランのオーナーの新森さんと孫のりなちゃんレストランのオーナーの新森さんと孫のりなちゃん

ぽかぽか陽気に、看板猫のみーちゃんもお店のテラスでまったり。
ぽかぽか陽気に、看板猫のみーちゃんもお店のテラスでまったり。
はるか向こうには満開の桜並木が見えていて、春うららです。
はるか向こうには満開の桜並木が見えていて、春うららです。
駐車場から疎水溝までおよそ400メートル。案内板を目印に歩きます。
駐車場から疎水溝までおよそ400メートル。案内板を目印に歩きます。
駐車場から疎水溝までおよそ400メートル。案内板を目印に歩きます。
駐車場から疎水溝までおよそ400メートル。案内板を目印に歩きます。
少しアップダウンがありますが、田園風景を眺めながらのいいお散歩コースです。
少しアップダウンがありますが、田園風景を眺めながらのいいお散歩コースです。
しばらく行くと、関吉の疎水溝に辿り着きます。
しばらく行くと、関吉の疎水溝に辿り着きます。
遊歩道の左側は、稲荷川上流の渓谷、棈木川(あべきがわ)。その水を取り込んだ水路が右側に流れています。


この水は、古くは300年以上前から、吉野疎水として水田の灌漑用に利用されてきました。その後、磯の島津家別邸・仙厳園まで延長され、生活用水として供給されていたそうですが、1852年、島津斉彬の手によって再整備され、新たな水路を設けて集成館の工業用水としての利用が始まったのです。訪れた日は、雨上がりの翌日でしたが、渓谷から流れ落ちる豊富な水に、この地の水の豊かさを改めて感じました。平日の午前中。聞こえてくるのは、水音と鳥の声…ここだけが別世界のようです。

蒸気機関がまだ導入されていなかった集成館事業の初期の頃、工場群の動力は
水車に頼っていましたが、集成館のある磯地区には大きな河川がありませんでした。その解決策として計画されたのが関吉の豊富な水の活用でした。生活用水として磯に給水していた吉野疎水を大改修して、動力用の水を集成館に運ぶという大工事に着手したのです。

川幅が狭くなる場所から水を水路に引き込んだ川幅が狭くなる場所から水を水路に引き込んだ

凝灰岩の渓谷で川幅が狭くなるこの場所で、いったん水をせき止めて、取水口から水路に水を引き込み、その水を集成館に運んだのです。

当時の堰のイメージ (かごしま近代化産業遺産パートナーシップ会議発行 パンフレットより抜粋)当時の堰のイメージ
(かごしま近代化産業遺産パートナーシップ会議発行 パンフレットより抜粋)

関吉から磯の集成館まで続くおよそ7㎞にわたって水路を通し、水車動力によって工場群を動かすというものでした。水路の途中には18ヶ所ものトンネルがあったそうです。今から170年前、トンネルを掘る機械もない時代に手彫りで掘り進め、勾配を落としながら水の道を通す導水工事はどんなに困難なことだったことでしょう。

「かごしま 世界遺産の散歩道」より抜粋 (かごしま近代化産業遺産パートナーシップ会議 企画)「かごしま 世界遺産の散歩道」より抜粋
(かごしま近代化産業遺産パートナーシップ会議 企画)

水を引き込んだ取水口跡や川をせき止める堰の仕掛け跡が今も残っていて、その痕跡に当時の薩摩の高い土木技術と近代化への並々ならぬ気概を感じます。疎水溝の一部は今も灌漑用水として利用されていて、この水がすっと人々の暮らしや産業を支えてきたことを伝えています。

ここは私たちの宝

この日、この場所が大好きだという方にお会いしました。石野劦一(きょういち)さんです。

疎水溝を案内して下さいました!疎水溝を案内して下さいました!

石野さんは、ここから車で10分ほどのところにお住まいですが、この場所がもっとみんなで楽しめる場所になればと、毎月1回、歴史と自然を歩く「関吉ニコニコ元気ウォーキング」を開催しているんだそうです。

疎水溝でお会いした石野劦一さん疎水溝でお会いした石野劦一さん

「(私は)現役時代は体育教諭だったんです。体を動かすのが好きで、昔からこのあたりでウォーキングやランニングをしていたんです。でも、その時は、ここがそんなに歴史的に価値のあるところなんて知らなかったんですよ。(笑)そうしたら、世界遺産になったでしょ。あ~やっぱりここはすごい場所だったんだって認めてもらえたようで、すごく嬉しくてね。どうせだったら、ここをフィールドにしてみんなで楽しもう、遊ぼう…って気持ちになって「関吉ニコニコ元気ウォーキング」を始めたんです。毎月第3水曜日、朝9時に稲音館に集合して、それぞれの体調に合わせて無理せず、1時間半ほど歩きます。桜ウォーク、若草ウォーク、早苗ウォークって名前を付けたりして、季節を感じながら、のんびり歩くんです。もともと体育教師なので、みなさんに歩き方や体力づくりのコツなんかもお教えしたりして。ここが、みんなでニコニコ元気になれる場所になればいいなぁと思っているんです。」
現役時代は体育教諭だったんです。体を動かすのが好きで、昔からこのあたりでウォーキングやランニングをしていたんです。
そして、このあたりの遊歩道の樹木や花々が地域の人たちによって丁寧に手入れされていることを誇らしそうにお話してくださいました。

関吉ニコニコ元気ウォーキング ウォーキングリーダー 石野劦一さん関吉ニコニコ元気ウォーキング ウォーキングリーダー
石野劦一さん

「遊歩道のアジサイも地元の人たちが植えたんですよ。アジサイの頃は、また歩くのが楽しいんです。棈木川をきれいにする会なんかもあってね。土地の人たちが、ここを大事にしているんです。この辺りも高齢化が進んできてね。田んぼをつくれないところが増えてきていたんだけど、もったいないなぁって話になって、仲間と田んぼを借りてお米づくりも始めたんですよ。詳しいことは、あそこのカフェ(稲音館)の新森さんに聞いたら良いですよ。」
先ほどお会いした稲音館のオーナー新森さんのお名前が出てきて、帰りに立ち寄ることにしました。新森さんは、石野さんと同じようにこの場所に思いを寄せるひとりです。稲音館は、ギャラリーを兼ねたレストラン&カフェです。
遊歩道のアジサイも地元の人たちが植えたんですよ。
稲音館は、ギャラリーを兼ねたレストラン&カフェです。
ランチの時間が終わって一段落したお店のテラスで新森さんにお話を伺いました。

ギャラリー稲音館 農家レストラン&カフェ 代表 新森和江さんギャラリー稲音館 農家レストラン&カフェ
代表 新森和江さん

「ほんとにここは良いところでしょ。向こう側に見える桜並木は、(下田の)
前の町内会長さんたちが植えて下さったのよ。」
「ほんとにここは良いところでしょ。向こう側に見える桜並木は、(下田の) 前の町内会長さんたちが植えて下さったのよ。」
「私は大阪から鹿児島にお嫁に来たの。職場で鹿児島出身の主人と出会って。うちの田舎は、球場くらいの広い土地があるんだよって聞いて、私は大阪育ちでしょ。こういう素朴で長閑なところに憧れてね。主人が亡くなって17年になるけど、寂しくないようにこの店をつくったの。最初はギャラリーだけと思っていたんだけど、せっかくだったら食事もできたらいいね~ってことになって…今ではプロになりました。(笑)」
これまで稲音館に立ち寄ったことはありましたが、こうしてオーナーの新森さんとゆっくりお話したことはありませんでした。田園風景を一望できるテラスで心地よい風と暖かい日差しに包まれていると、時が経つのも忘れてしまいそうでした。
田園風景を一望できるテラスで心地よい風と暖かい日差しに包まれていると、時が経つのも忘れてしまいそうでした。

ギャラリー稲音館 農家レストラン&カフェ 代表 新森和江さんギャラリー稲音館 農家レストラン&カフェ
代表 新森和江さん

「私はお米なんて作ったことなかったのよ。でも、お米も作りましょうということになって、みなさんが手伝って作るようになって稲音館グループの仲間で作ることになったの。できたお米とここでの飲み会がみんなで働いたご褒美。(笑)
最初は世界遺産って言われても、ピンとこない感じだったのよ。それくらい地元
の人たちにとっては昔から当たり前にある風景だったの。私は24歳の時にお嫁に来てから、ずっとここでしょ。下田の人たちに可愛がっていただいたから『下田のために、下田の人たちのために頑張らなきゃ』って思っているの。(世界遺産になってから)私も魅力アップ隊のメンバーになったり、いろんなお役を
いただいているけど、一貫しているのは、みんなが寛げる、ここに来たらホッとする、ゆっくりできる場所であり続けたいってこと。この場所を大きな公園化したりしないで、あまり手を加えないで保存して、自然のままに残ってほしいと思っているの。この田園風景は、世界遺産を含めて、下田の宝だから。」
自然のままに残ってほしいと思っているの。この田園風景は、世界遺産を含めて、下田の宝だから。
初夏から夏にかけてハーブの季節がやってきます。
初夏から夏にかけてハーブの季節がやってきます。
初夏から夏にかけてハーブの季節がやってきます。
新森さんのハーブ園では、古くからのお友達だという石野さんが草取りに精を出していらっしゃいました。
新森さんのハーブ園では、古くからのお友達だという石野さんが草取りに精を出していらっしゃいました。
その横で、新森さんのお孫さんたちが「石野先生、石野先生。」とはしゃいでいます。
その横で、新森さんのお孫さんたちが「石野先生、石野先生。」とはしゃいでいます。
土に触れ、お日さまを浴びていると誰とでもお友達になれそうです。
土に触れ、お日さまを浴びていると誰とでもお友達になれそうです。
新森さんは、誰もが気軽にここに立ち寄り、ハーブ園で採れたハーブを自由に
摘んで自分でハーブティを入れて、この景色を眺めながら、ゆっくり過ごせるような場所にしていきたいと考えています。
ふと50年後、100年後、この場所はどうなっているのだろうと思いました。
ふと50年後、100年後、この場所はどうなっているのだろうと思いました。
関吉の豊かな水が、田んぼや畑を潤しているでしょうか。この場所を大切に思っている方たちのお話を伺って、私たちがいなくなった次の世代も、土や水の恵みが人々の暮らしを潤す場所であってほしいと願いました。これから関吉は新緑の季節を迎えます。


さわやかな風を感じながら、自然と歴史に触れるお散歩におでかけしてみませんか?
さわやかな風を感じながら、自然と歴史に触れるお散歩におでかけしてみませんか?
さわやかな風を感じながら、自然と歴史に触れるお散歩におでかけしてみませんか?

関吉ニコニコ元気ウォーキングに参加しませんか

吉ニコニコ元気ウォーキングに参加しませんか
実施日時:毎月第3水曜日 AM 9:00~10:30
コーズ: 関吉歴史散歩道(田園散歩コース、約1㎞を周回します。
集合場所:稲音館駐車場
ウォーキングリーダー: 石野劦一さん

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