トラベルヘルパーとは、介護技術と旅の知識を備えた「外出支援」の専門員。
1人での外出に不安のある方々の観光や旅行に同行し、その手助けをする仕事です。堤玲子さんは、鹿児島初のトラベルへルーパー1級の資格を持つ女性です。
どんな人でも、安心して楽しく外に出かけられる世の中にしたいと奮闘しています。鹿児島からユニバーサルな社会実現を目指す堤さんの思いとその活動をご紹介します。
助けてくれる人が、あと一人いてくれたら…から始まった!
堤さんは、20代の頃、母親が命に関わる病気になり、県外での仕事を辞めて鹿児島に帰らざるを得なくなりました。
その母親を在宅で看取り、今度は祖母と父親、さらに小児マヒで車椅子生活の叔母の介護に関わることになりました。
施設に入所した祖母の面会、リウマチを患い体が動かなくなる父親の介護、叔母のサポートと、心身ともに疲れ果てて、逃げ出したくなることも度々でした。
「あの頃は、仕事との両立もしんどくて叫びだしたくなる感じでした。介護保険を利用できるようになって、どんなに嬉しかったことか。これで、人の手を借りられる、助けてもらえる!って。」
非日常が人を笑顔に元気にする
少し心に余裕が出来た頃、堤さんは思い切って父親と叔母を誘って、お正月を一緒に鹿児島の一流ホテルで過ごそうと提案します。
すると、思いがけず他の親戚もこの話に乗ってくれました。
「それまで、お正月というと、バタバタしながら、二人の料理を作って介護をして、気が休まることがありませんでした。だから長い間、私にとってお正月はとても暗いものでした。
でも、こんな非日常のお正月をやってみたら、みんなが来てくれて、喜んで二人の車椅子を押してくれる。
みんなが笑顔になって、私も笑顔になって。人にはこんな時間が必要なんだって心から思いました。」
外出で、二人の日常に明るい光が差し込んでいくのを感じ、もっと二人を連れ出してあげたいと思いました。でも、いざ外出するとなるとそう簡単にはいきませんでした。
下見から福祉用具や交通機関の手配まで様々なことを自分ひとりでしなければならず、外出の日になると、くたくたに疲れてしまっている自分がいました。
忘れられない「ごめんね」
「叔母を連れてデパートに出かけた時、ついに体調不良で倒れてしまいました。救護室で目を開けた時、当時、言葉が出にくくなっていた叔母が、私の布団に手をのせて『ごめんね。』と言いたそうな顔をして、じっと見つめていました。その申し訳なさそうな顔を思い出したら、今も胸が詰まります。あの時、『あと一人いてくれたら…』心からそう思いました。」
その後、父も叔母も亡くなり、堤さんの介護生活は終わりました。
ある本との出会いに号泣
しばらくは、心にぽっかり穴があいたような日々が続いていました。そんな時、堤さんの人生を大きく変える本との出会いがありました。
それは、トラベルヘルパーの第一人者、篠塚恭一さんの書いた「介護旅行に出かけませんか トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた」という本でした。
トラベルヘルパー?初めて聞く仕事でした。
その中には、車椅子の人も認知症の人も、当たり前のように日本だけでなく、海外にまで飛び出して旅を楽しんでいる様子が描かれていました。
感動でした。
そして「もっと早くにこの仕事を知っていたら、父や叔母を喜ばせることができたのに」という思いがこみ上げてきて、涙が止まりませんでした。
「あ~私もこんなことをしてみたい」堤さんの心にスイッチが入った瞬間でした。
それから、ヘルパー、旅行管理業務主任者など…この仕事をするにあたって必要な資格を必死に勉強して取得していきました。
東京にも通い、数年がかりで、念願のトラベルヘルパー1級を取得したのです。
そして4年前、この仕事を自分で切り開いていく覚悟で、おでかけ同行サービス「介護旅行ナビ」を立ち上げたのです。
トラベルヘルパーのことを知ってほしい!
いざ仕事を始めてみて、トラベルヘルパーどころか、一人での外出に不安がある方のための外出支援があることすら知らない人が多いことに驚きました。
そこで、この仕事を知ってもらうことから始めました。
介護旅行のことを伝える講演会をあちこちで開き、「車いすでおでかけ」ワークショップなども企画しました。
外出には、脳トレ、筋トレ、認知症予防、癒しなど、様々な効果があり、「お出かけ」に困難を抱えている人たちの「外出」にもっとみんなが目を向けてほしいと感じていたのです。
同行支援は、心に寄り添う仕事
堤さんは、トラベルヘルパーは、ただの付き添いではなく、その方の人生に寄り添う仕事だと話します。心に残る出会いがたくさんありました。旅の終わりは毎回、泣いてしまうそうです。
奥様がパーキンソン病を患うご夫婦で、二人だけの外出には不安があり、これまで堤さんに、何度か旅行の付き添いを頼まれていました。
奥様は元ピアノの先生。指が動かなくなってからはピアノも処分し、ピアノに触れることは無くなっていました。堤さんはご夫婦の旅には、奥様の好きなピアノの曲を用意して、ホテルの部屋で聴いてもらっていました。
すると数回目の旅行の時、ホテルにあったピアノを奥様が、ご自分から弾き始め、披露して下さったのです。
何年ぶりのことだったでしょう。ご主人と感激で、胸がいっぱいになりました。
また、こんなこともありました。それは認知症の90歳のお母様の法事への出席をサポートしてほしいとの息子さんからの依頼でした。
ご家族は「参加できるだろうか。認知症が進んでいて、誰の法事か分からないかも」と、ためらわれたそうですが、お母様が長年連れ添ったご主人の7回忌ということで、堤さんに同行を頼まれたのです。
「途中、大きな声を出されることもありましたが、みなさん、よく分かっていらして、場はとても和やかでした。お母様がいらっしゃることをみなさんが喜んでいるのが伝わってきました。すると最後は息子さんがお母様にマイクを渡されました。『今日はみなさん、遠いところからありがとうございます。私は幸せもんだ。本当にありがとう。』と話されて、ご主人の遺影に向かって『ありがとう』と言われたんです。しっかり法事の主としての役を果たされている姿に、こみ上げるものがありました。」
県外からも多くの親族の方たちが集まっていて、優しい時間が流れていました。
一方で、叶わなかった旅もありました。ある緩和ケア病棟の患者さんでした。最後になるかもしれない旅の計画を一緒に考え、実現を目前にして、亡くなられたのです。
「辛い出来事でした。でも、病棟の看護婦さんが『あの病室から聞こえてくる笑い声に、私たちも癒され、奇跡のような宝物の時間でした。』と言って下さったんです。自分のやっていることが、単なる旅のお手伝いではなく、人に生きる喜びを与える仕事なんだと再認識しました。」
バリアフリー旅は、みんなでつくるもの!
堤さんは、障がいがある、無しに関わらず、誰もが旅を楽しめる社会になってほしいと願っています。共感する仲間たちと繋がりながら、小さなユニバーサルツーリズムが一つずつ、かたちになってきています。
去年11月には日置市観光協会とタイアップして、一から作り上げるユニバーサルツアーを企画しました。お客様は、視覚障がいのある方々、その時、味わった感動は今も忘れられません。
「海でのシーカヤック体験をしてもらったんです。お客様も、迎えるガイドさんも、地域のボランティアさんも、私も初体験。ドキドキでしたが、心配は無用でした。参加したみなさんは、海の匂いを感じた途端、砂浜を走り出してました。(笑)
観光ガイドさんには、事前に『おもてなし』講座を受けて頂いていていました。当日は、景色のことを上手に伝えたり、さりげなく手助けしていらっしゃって、あ~これだなぁって思いました。
こんな風に、もてなす側も、もてなされる側も楽しくなるのが、ユニバーサルツーリズムだと思うんです。私たちはみなさんの目の代わりとなって、少しだけお手伝いをするだけ。そのことを、触れ合いを通して感じとって頂けたんじゃないかなぁ…みなさんの笑顔が、そのことを物語っていますよね。」
この取り組みが、次へのステップに繋がりました。「自分たちもカヌー体験をしてみたい」と、今度は盲導犬ユーザーの方たちから相談があったのです。
何をしたいか、どんな手助けが必要なのかなど、丁寧に聞きながら、宿泊先との間に入って、「したいこと」を叶える旅を作りあげていきます。
アイメイト協会鹿児島の春田ゆかり会長と打ち合わせも楽しそうです。

「何したい?」 「朝、砂浜を散歩したいかな~」
「みんなお酒が好きなんで、飲ん方は是非入れて下さい!(笑)」
「そうか、そうか~(笑)」
堤さんは、「バリアフリー旅」や「ユニバーサルツーリズム」の経験を通して、地域が変わっていくことが何より嬉しいと話します。先日も、日置市社会福祉協議会と観光協会に呼ばれて、地域のボランティアさんたちと町の観光スポットを巡りながら「車椅子現地研修」をしました。
ボランティアさんたちは、自費を払って参加していました。バリアフリーなまちづくり、地域づくり、おもてなしの心を、自ら学ぼうとしているその姿に心打たれました。
「こういうプロセスにこそ意味があると思うので、ここは丁寧にしていきたいんです。ひとつの地域に長く関わり、色々な人と言葉を交わしていくことで『こうしたら楽しめるじゃないかなぁ。こうしてみよう』とアイディアが出てきて、不可能と思われていたことが可能になっていく。それが、きっと外出を阻むバリアを取り除いていく力になってくれると信じています。」
「ハード」変わらなくても「ハート」は変えられる
堤さんが心に残っている言葉です。「知恵」を絞ると道が見えてくる。それを見つけ出すのが、トラベルヘルパーの仕事。
「実は、私はだれよりも怖がりで、不器用です。車椅子を押すのも、毎回ドキドキします。だからこそ、サポートを希望する方には優しく出来ることからお話し『こうしたら喜ばれますよ』と具体的にお伝えしていきたいと思っています。人の力があれば、外に出かけられる人たちは確実に増えていきます。手助けできる『ひとり』が増えることで、外出に困難を抱えている方たちの世界が変わると思います。」
堤さんは毎日が学びの連続だと言います。鹿児島県旅行業協同組合に所属し、旅行企画から添乗員もこなします。50歳過ぎてからの『初心者マーク』は自分に失望することも多いそうですが、その度に誰かに励まされ、お客様の「出かけられてよかった」の言葉に支えられてきました。
ひっ飛ぶ思いで、手がけるイベントが間近
起業して4年。新たな大きなチャレンジが目前です。
12月2日(日)に自ら一から企画したつながるフォーラム「高齢であっても障がいがあっても旅をあきらめないで!」を開催します。全国からトラベルヘルパーや外出支援に関わる方たちが集合し、「旅」をキーワードにした「人の幸せ、地域の幸せ」について、みんなで語り合います。
つながるフォーラムご案内PDF >>
この日は、リフト付き大型バスを貸し切って、介護旅行の体験型ミニツアーも実施。
DIYでバリアフリーしたお店や古民家を巡りながら、鹿児島の観光資源を生かしたバリアフリー旅の実際を体験してもらうことにしています。
このツアーは、最低催行人数を大幅に上回り、残席はわずか。今は、講演会参加者を募るべく奔走中です。
「超高齢社会の今、医療、介護、観光、旅行など、様々な分野の人たちが繋がり合うことが大切だと感じています。その繋がりを作っていく第一歩にしたい。鹿児島から豊かで優しい地域づくりが広がっていけばと願っています。是非、ご参加ください。」
介護旅行が当たり前になる日が来ると信じて…
「お客様と心の対話しながら、ゆっくりと丁寧にこの仕事に向かい合っていきたい。」と話す堤さんからは、静かな情熱が伝わってきます。
家族にしてあげたくても、してあげられなかった介護体験を原点とする堤さんの活動は、自分が知り得たことを誰かに伝えながら、思いで繋がる人たちの輪を広げて行くことを大切にしてきました。
したいことを諦めないでいられる社会の実現を思い描きながら、介護旅行が誰にとっても当たり前になる日が来ると信じて、旅のナビゲーター・堤玲子さんは、きょうも全力投球しています。
堤さんのイベントのご案内
第1回つながるフォーラム
「高齢でも障害があっても旅をあきらめないで!」
2018年 12月2日(日曜)
開場:15:00 開演:15:30~
参加費:4,000円(当日参加可)
会場:吹上砂丘荘(日置市吹上町今田1004-3)
主催・お問合せ:介護旅行ナビ
鹿児島市船津町1-11-3
TEL:099-811-2795
mail:kaigo.tabi@gmail.com
協力:日置市・日置市観光協会・鹿児島県旅行業協同組合
堤さんのおでかけ同行サービス・介護旅行ナビについて
介護や介助が必要な方の外出の同行サービスを致します!
お買い物やランチ、観光葬祭、同窓会など皆さまの様々なシーンへのおでかけをサポートしています。
その他、「車いすに乗ってみよう」ワークショップや「シニアへのおでかけの勧め」などの講演や講座なども行っています。
詳しくは下記までご連絡ください。
ご連絡先:介護旅行ナビ(おでかけ同行サービス)
TEL:099-811-2795まで
