3月3日は女の子の健やかな成長を願う雛祭り。
新暦にならって、月遅れの4月3日に雛祭りを行っている地方もありますよね。この季節、各地で歴史ある雛人形が飾られていて、春に彩りを沿えてくれています。鹿児島市の小さなギャラリーで雛祭りにちなんで開かれている郷土玩具のコレクション展に行ってきました。
赤い毛氈(もうせん)が敷かれたひな壇の上に並べられているのは、郷土玩具たち。お内裏さま、お雛さま。三人官女や五人囃子の姿もあって華やいでいます。
この郷土玩具は鹿児島市在住の林あいさんが20年あまりかけて集めたものです。あいさんは、20代前半の頃から、素朴で味わいのある郷土玩具に惹かれ、コツコツ集めてきました。
もともと「可愛いものや小さなものが好きだったんですよ」というあいさんですが、各地に足を運び、無名の人たちの暮らしの中から生まれた郷土玩具の奥深さを知るようになり、さらに愛着を感じるようになってきました。
「郷土玩具は、信仰の中から生まれたもの、社寺の授与品、歌舞伎や民話、生活風物を題材にしたものなどほんとうに多種多様。それぞれに作り手の思いがぎっしり詰まっているんです。」
自分の楽しみだけじゃなくて、みなさんにお見せしてみたら?ギャラリーの方のお勧めがあって、今回コレクションを初披露することになりました。
会場の人形たちを見せて頂きながら、郷土玩具のことを色々と教えていただきました。
これ、骨董市で見つけた京都の伏見人形です。結構古いものですよ。
江戸後期に最盛期を迎えた伏見人形。最も古い郷土玩具で、土人形の元祖と言われています
「これは友引人形とも言われていて、子どもなどが亡くなった時に棺に入れていたそうですよ。」
郷土玩具は、農民や庶民、瓦職人などその土地に暮らす人たちの暮らしの中から生まれました。飢饉や天然痘など、今よりずっと生きていくのが厳しかった時代に悪病や災難除け、五穀豊穣、招福長寿など、日々の暮らしの幸せを願ってつくられてきました。
「温かくてどこかユーモラスなんですよね。厳しい暮らしの中でも、あそび心と明るさを失わず逞しく生きていく人たちのぬくもりを感じます。」
実は、郷土玩具が広がったのは、雛祭りとの関係があるそうです。江戸中期、公家や武家、裕福な商人たちの間で豪華な雛人形を飾る雛祭りが流行しました。庶民はそんな豪華な雛人形を飾ることなんてできません。雛人形をまねて、土や紙で素朴な人形を作るようになりました。
また、江戸末期には空前の旅行ブームが起き、お伊勢参りなどの旅の帰りに、土産に持ち帰った人形を手本に各地で玩具がつくられました。城下の瓦の産地では土人形、家具や下駄の産地ではおが屑に糊を混ぜた練り人形、東北の山間部ではこけしといった風に…その土地特有の素材を工夫しながら郷土色豊かな玩具が数多く生み出されていきました。
商家から出る使用済み反古紙で作られたのが張子人形です。
「木型に紙を貼って、糊で固めて取り出して、胡粉(ごふん)を塗って着色して…とても根気のいる仕事です。人形や動きのあるものは、なおさら細かく繊細な作業になります。その積み重ねで出来上がったものですから躍動感を感じますよね。」
郷土玩具は明治になって大部分が壊れてしまいますが、そんな中で今も制作が続けられているもの、復興したもの、新しくつくられたものもあり、その世界に触れることが出来ます。
職人の高齢化、後継者不足、材料不足などで消えていく郷土玩具がある一方で、その価値が見直されてもきています。
「東日本大震災以降、日本にある良いものを残してしていこうという機運が生まれ、コツコツ続けられてきた手仕事が見直されてきています。保存会が復興したり、今「第三次郷土玩具ブーム」とも言われているんですよ。
歴史ある郷土玩具の研究会や愛好家の会への若い人の入会も増えているんだそうです。古き良きものに目を向け、それを大切にしていこうという人たちが増えてきているんですよね。
既製品が何でも簡単に手に入る時代だからこそ、作り手が思いを込めてつくったものから伝わる温かさやその活き活きした世界に惹かれるんじゃないでしょうか。「郷土玩具」を回顧主義にしたくないですよね。」
会場に来ていた方も年を重ねるようになってからその魅力を感じるようになったと言います。
「惹かれるようになったのは30代後半くらいからかなぁ。旅に行った時には、郷土玩具を見て回ったり、買って帰るようになりました。面白いものユーモラスなものほんとうに色々あって、見ていて飽きないし楽しい。」
「郷土玩具」が、大人たちの遊び心を躍らせるものとして密かに静かに注目されてきているのです。
ギャラリー艸舎の池水聖子さんは、このコレクション展に指宿市山川の叔母様から借りてきた14体の土人形を飾りました。
14体の土人形は、叔母さまに初めての女の子が生まれた初節句の時に、親戚一同から贈られたものでした。
「叔母の家の仏壇の下から、色鮮やかな人形たちが現れた時は、感動で胸が熱くなりました。子どもの健やかな成長を願った親や家族の思いが伝わってきて… 人形たちに託された思いを語り継いでいくことも大切なことですよね。」
鹿児島では桃の節句や端午の節句に「土人形」贈るという文化があり、その名残を伝えるものです。
郷土玩具に囲まれていると、それを作った人、それを大切に使う人、願いを込めて贈った人… それぞれの思いが感じられてきて、玩具から体温のようなものを感じます。弥生3月。大人もお人形に触れてみたくなる季節です。
素朴で温かな郷土玩具たちが迎えてくれるこの場所に遊びに来てみませんか?
そしてご自宅やご実家に仕舞ったままの玩具たちをちょっと開いてみませんか?
私も50を過ぎてから、長い間飾っていなかった実家の雛人形を出して、お内裏様とお雛様だけ飾るようになりました。一年に一回の思い出の人形との再会。
人形を見ていると、初節句の日、ひな壇の前で私を抱っこしながら嬉しそうな顔をしていた亡き父の写真が蘇ってきます。人形たちに託されたそれぞれの思いに触れ、懐かしく優しい気持ちにさせてくれる雛の月です。
「あそび心を集めて」~郷土玩具コレクションより~
◇ 会期:4月2日(月)まで
10:00~17:00 火曜休館
◇ 場所:ギャラリー艸舎 sosya
鹿児島市下伊敷1丁目52-3(鹿児島県青年会館内)
TEL: 099-218-1225