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「暮らし」

春の日にあったまる、父と息子のほっこり絆ものがたり


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先日、寒干し大根の取材で出会った水溜政典さん68歳。鹿児島で80年以上続く老舗漬物メーカー水溜食品の社長さんです。水溜さんの漬物愛は半端なく、契約農家さんがつくる寒干し大根のお写真をびっくりするくらいたくさん送って下さいました。その水溜さんから95歳になったお父さまとの心温まる触れ合いのおはなしを聞きました。水溜さんにとってお父様さまは先代の社長さん。老親となった父への献身…春の陽だまりの中にいるようなあたたかい気持ちになりました。

春探しのおさんぽ♪

2月の中旬、水溜さんから春の日のヒガンザクラの写真が送られてきました。まだまだ寒さ厳しい頃でしたが、南さつま市坊津町の絶景スポットだという耳取峠からのひと足早い春のたよりに嬉しくなりました。

南さつま市坊津町からの春だより(2月)南さつま市坊津町からの春だより(2月)

その桜の下に穏やかな笑顔のご老人の姿がありました。どなたかお尋ねしたところ、水溜さんの御年95歳になるお父さまとのこと。寒さが少し和らいだこの日、お父さまを誘って、ひと足早いお花見にお連れしたんだそうです。

95歳になる水溜法光さん95歳になる水溜法光さん

水溜さん曰く…
「オヤジは大正15年6月15日生まれの寅年で、今年96歳になります。今年9回目の年男です。昔は星一徹の如く短気で、ちゃぶ台が飛びまくるような父でしたが、今は生き仏さまです。うちの会社は昭和16年(1941年)に、私のじいさんが興したんですが、父は娘3人だった水溜の家の次女ふみ子(母)のところに養子に入り、後継ぎとなって水溜食品を盛り上げたんです。仕事にも家庭にも厳しい父でしたが、厳しくも深い愛情を一心に注いでくれました。」

父と息子の自撮りツーショット 右が息子の水溜政典さん父と息子の自撮りツーショット
右が息子の水溜政典さん

小さい頃は、われこっぼ(悪戯っ子)で、いたずらをしたら、法光さんから真っ暗で長~い(漬物を漬け込む時に使う)地下タンクに入れられたことも度々だったという水溜さん。「怖くて、怖くて…孤独、恐怖、恨み…当時は、いろんな感情が入り混じっていましたよ。ひねくれなくて良かったです。(笑)お陰で裸足での逃げ足が速くなりました!」と笑いながら、遠い昔を懐かしそうに話して下さいました。父親の法光さんは、戦時中に卸売業としてスタートした水溜商店を盛り立て、地元の農家と提携しての寒干し大根の製造を開始したり、主力商品の漬物「島津梅」を生み出すなど、会社を大きく成長させてきました。

若かりし頃の父、水溜法光さん(前列の真ん中)若かりし頃の父、水溜法光さん
(前列の真ん中)

 

養子に入り、2代目社長として会社を大きく成長させた養子に入り、2代目社長として会社を大きく成長させた

品質にこだわった沢庵や高菜漬けなどが今も人気で、地域に根差した鹿児島の老舗漬物会社として長く愛されています。水溜さんは、自らも家庭を持ち、法光さんの跡を継いで社長となってから、家族や社員を守るために、苦労しながら厳しい時代を忍耐と気概で乗り越えてきた父への尊敬と感謝の気持ちが湧いてきたと言います。

水溜食品の現社長で息子の水溜政典さん(68)水溜食品の現社長で息子の水溜政典さん(68)

「漬物会社は女子社員の多い仕事場でしょ。父はみんながスムーズに仕事が進むように、毎朝5時には出社して、仕事の段取りを全部済ませて、各テーブルは準備万端にして社員を迎えていましたよ。私も今、それを受け継いでやっています。20年前に社長を退任するまで、社員が使う包丁も毎日自分で研いでいました。それも今、私が同じようにやっています。(笑)社員への思いやりや相手への感謝の気持ちですよね。自分にも社員にも子供にも、とても厳しい父だったけど、オヤジのおかげで、今の自分があると思っています。」

息子からの恩の遡源(そげん)実践中!

父親の法光さんは、26年前に妻のふみ子さんをくも膜下出血で亡くしてから南さつま市金峰町でひとり暮らしをしています。

他界した妻のふみ子さんと…他界した妻のふみ子さんと…

90歳になるまではゴルフをするほど元気いっぱいで、大きな病気を患うこともなく、今もお元気ですが、水溜さんは、法光さんが米寿を迎えた頃から、自分なりの親孝行を実践していこうと決意しました。水溜さんは、それを「恩の遡源(そげん)」と呼んでいます。遡源とは、根本を究めること。社長業で多忙な毎日ですが、限られた時間の中で自分の心と体を使って、息子から父へのご恩返しをしていきたいと思っているのです。

「なかなか悟りの心境にはなれませんが、週3回くらい、近くの湯之元温泉に連れて行くんです。温泉で、私がオヤジの頭から背中から、足の指一本一本まで洗っています。もう7年くらい続けていますよ。オヤジは、冬でも水風呂に入って、温泉を楽しんでいますよ。おそらく100歳まで元気でしょう。(笑)それに、夜は私がオヤジの家に泊まっています。これももう7年くらいになるかな。元気と言っても、年が年ですから。」

近くに住む水溜さん夫婦や息子さん一家、会社の役員をしている弟さんやいちき串木野市の酒造メーカーに嫁いだお姉さんなど、それぞれが分担して、高齢になったお父さまのひとり暮らしを支えています。これまで一家を支え、頑張ってきた法光さんが大切にされている姿に、大家族の絆と結束力を見る思いがしました。

法光さんを囲んで集まることもしばしば…法光さんを囲んで集まることもしばしば…

息子とオヤジの笑いばなし

「オヤジと一緒にいると、面白いこともちょくちょく起こりますよ。」と笑う水溜さん。最近のエピソードを幾つか教えていただきました。水溜さん談より…

エビソード その①

ある夜、オヤジが500mlのペットボトルに入れておいた魔王(焼酎)が無くなっていると言う。「お前が飲んだとじゃなかか~」オヤジは、真剣に私(水溜さん)に聞いてくる。「私は、飲んでいない」と言い張るが、なかなか納得しない。それにしても、オヤジは、私に内緒で、時々こっそり魔王の晩酌を楽しんでいたのか。果たして誰が飲んだのか…魔王だけが知っている。(笑)

エピソード その②

きょうは慌てた。オヤジといつもの温泉。脱衣所でズボンを履こうとしたら、私のズボンがどこを探しても見当らない。ズボンよ、どこに…数分間パニックになりました。すると、隣で96になろうとしている父が、シレっと私のズボンを履いているではないか!「これはおいのと(俺のズボン)じゃが!」私ひとりでウケまくったおはなし!

ズボンの履き違えにひとり大ウケしました!ズボンの履き違えにひとり大ウケしました!

最近は、着替えに悪戦苦闘しているお父さまに出くわすこともしばしばとか…「さりげなく手助けしながら過ごす父との時間もまた楽しいもんです!」と前向きです。度々起こる父と息子の小さなアクシデントもどこか微笑ましく、その光景を思い浮かべて、こちらもクスっと笑ってしまいました。

オヤジの背中

水溜法光さん95歳。3男1女を育て上げ、養子に入った先の漬物会社を懸命に盛り立ててきました。われこっぼ(悪戯っ子)だった息子も68歳。父の背中から、いつしか、人を育む厳しさや優しさを学んできたことに気づかされたそうです。

オヤジの背中が教えてくれる…オヤジの背中が教えてくれる…

「言葉に出さずとも、父の姿から、お客さん、お得意さん、仕入先、社員…人と人を大事にすることを学びました。それが今の私に生きています。父の背中が多くのことを教えてくれています。父は、若い頃は身長が185センチの長身で、仲代達也に似たよかにせ(美青年)だったですよ。(笑)もっともっと長生きしてもらいたいです。」

若かりし頃の法光さん若かりし頃の法光さん

 

今年96歳!水溜法光さんの穏やかな春です…今年96歳!水溜法光さんの穏やかな春です…

世界の殺伐としたニュースに人々の悲しみと怒りが渦巻く中、家族という小さな居場所が平和であることがどんなにしあわせであるかを改めて感じます。法光さん、長生きなさってくださいね。水溜さん、お父さまとの時間をこれからも大切になさって下さいね。心があたたかくなるおはなしを聞かせていただいて、ありがとうございました。

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