寒くなってくると、無性に食べたくなる焼きいも。糖度の高いしっとり、ねっとり系のさつまいもの新品種が登場してからは、若い女性たちの間でもヘルシーなスイーツとして人気を集めています。あの素朴でやさしい味は、大好きな冬のおやつです。
ということで、きょうは私のお気に入りの鹿児島市にある焼きいも屋さんをご紹介します。テイクアウト専門の小さなお店なんですが、ここの焼きいもを食べたくて遠くから買いに来る人が多いという、知る人ぞ知る人気のお店なんです。
冷めてもおいしい焼きいも
人気の焼きいも屋さんは、大きな看板が目印の「焼きいもにぎわい商店」です。
鹿児島市の住宅街、うちのすぐ近くの玉里団地にあります。もともとこのお店はバイキング惣菜が人気のお総菜屋さんだったのですが、そのお店をたたみ、焼きいもを主力にしたさつまいも専門店に転身したのが、2014年1月のこと。お店ができて丸7年になります。
店の前を通るたびに興味津々だったのですが、ある日、思い切って買って食べてみると「これが美味しい。」すっかり病みつきになって、自宅用や高齢の義母や母へのお土産用にとちょくちょく買っています。
チラシなどの広告宣伝は、一切していないということなんですが、口コミでその評判がじわじわ広がって、この店のファンを増やしてきました。取材で伺った日は、平日の午前中でしたが、ひっきりなしにお客さんがやってきていました。
仕事の途中にちょっと立ち寄ったという若い女性は…
「うちはこの近くじゃないんですが、この辺りを通ると気になって、時々買ってます。今日は仕事のお客さんへのお土産用にと思って立ち寄りました。自分用にも買って帰ります。」
別の女性は…
「今日は2回目なんですけど、1度買ったらとても美味しかったから。それにとってもお安いでしょ。嬉しいですよね。今日は、家族の分まで買って帰ります。」
この店の焼きいもの売りのひとつが「冷めてもおいしい」ということ。焼きいもは、やっぱりホカホカ焼きたてをふうふう言いながら食べるのが一番だと思うのですが、家に帰り着いた頃には冷めてしまっていたり、時間が経つにつれて硬くなってしまうことが多いですよね。そこで、この店が目指したのが、焼きたてのままの美味しさを保つ焼きいもづくり。店長の迫屋久さんは、この点に絶対的な自信をもっています。
「うちの焼きいもは、時間が経っても焼きたてと同じ柔らかさですよ。しかも冷めると甘みが増して、よりおいしく感じられるんです。一度食べてみたら分かります。この点ではどこの店にも負けません。」今では、太鼓判を押す焼きいもづくりですが、ここに辿り着くまでには大変な苦労と試行錯誤があったんだそうです。
「焼きいもをやってみたら」鶴の一声から始まった
そもそも総菜屋さんが焼きいもづくりを手がけることになったのは、20年ほど前(2002年)のこと。3年前に他界したオーナーの森園弘さんが、この年に沖縄に焼きいもをメインにした工場をつくったのです。そのいきさつはこうです、森園さんは、それまで鹿児島市で惣菜店を営みながら、沖縄県最大の大手チェーンスーパー(株)サンエーに総菜を卸していました。
しかし売り上げがなかなか伸びず、苦境に立たされていました。この時、サンエーの専務から「森園さんの出身は鹿児島ですよね。サツマイモの一大産地。鹿児島のイモを使って、焼きいもつくってみたらどうだろうか」との提案があったのです。今でこそ、焼きいもは、スーパーやコンビニやデパートなどで当たり前のように売られていますが、当時は未知の領域でした。
どんな品種のサツマイモをつかって、どんな風に焼けば商品化できるのか、まったく手さぐりの状態でした。まずは鹿児島の代表的な品種である「紅さつま」を仕入れて、販売をスタートさせますが、水分が少なく、でんぷん価が高いホクホク系のイモは、焼きたてはおいしいのですが、冷めると硬くなって、沖縄ではまったく売れず、賞味期限切れとなった返品の山ができてしまいました。
もともと気温の高い沖縄では、温かい焼きいもよりも、冷蔵庫で冷やしてスプーンですくって食べる習慣の人が多く、とろけるようなねっとりとした味が好まれていました。沖縄の人たちの暮らしにマッチした、売れる焼きいもづくりには、「冷めてもおいしいこと」が必須でした。以来、必死になって全国各地でこれにふさわしい品種のサツマイモを探しまわり、試作を繰りかえしたそうです。
そして、ようやく茨城産のねっとり系のさつまいもに出会い、加工・販売にこぎつけることができたのです。そして、その8年後。新種のさつまいも、紅はるかの登場(2010年に品種登録)によって、焼きいも市場が一気に広がることになりました。紅はるかは、加熱することでしっとりとした食感になり、焼きいもにすると糖度は60度以上になり、まさに驚異的な甘さでした。
2012年には、水分が多く、食感が絹のようにしっとり滑らかに焼きあがるシルクスイートも登場。安納芋、紅はるか、シルクスイートと密芋タイプの人気品種が揃ったことで、舞台が整いました。
品質の確かな生産農家と契約栽培を結ぶことで、365日、美味しい焼きいもを提供できる体制が整ったのです。こうして2014年1月、生産量日本1を誇るさつまいも王国・鹿児島で焼きいもをメインにしたテイクアウト専門のお店がオープンしたのです。沖縄で0からスタートして12年。満を持しての開店でした。
志を託されて…
その店を託された店長の迫屋久さんは、オープン前に、あちこちのお店の焼きいもを食べ歩いて研究を重ねたそうです。
「どこのお店のものも、買った時は本当においしいんですが、やっぱり翌日になると硬くなって味が落ちる。翌日にレンジでチンしても硬くならない焼きいもをつくるために試行錯誤しましたよ。さつまいもは、収穫してから温度・湿度を調整した部屋で貯蔵することでデンプンの糖化が進んで甘さが増すんです。収穫した後、最低2ヶ月は寝かせないと、おいしい焼きいもはできません。うちは、しっかり熟成貯蔵したさつまいもをガスオーブンで、90分かけてじっくり焼き上げています。焼き加減も難しくて、焼きすぎると水分が飛んでパサパサになってしまいます。気温や湿度に応じて、焼き加減を見極めなければなりません。良いイモを、職人の手で丁寧に焼き上げる、これが美味しさの秘訣でしょうか。(笑)」
同じ品種でも、貯蔵や栽培の仕方によって食感が違ってくるんだそうで、今でも各地からサンプルを取り寄せて試作するなど、おいしい焼きいもづくりの研究に余念がありません。価格も100グラム116円とリーズナブル。私もこの日、買って帰りました。
一度食べてみて台湾産の「黄金密芋」
そして迫屋さんが、「これは、うちだけの焼きいもですよ。」とおススメ下さったのが台湾生まれのこの焼きいも。
台湾で発掘したねっとり系のさつまいもを独自に加工して「黄金密芋」というブランドで販売しているんだそうです。本場沖縄では自然解凍でシャーベット風にして食べるのが一般的なんだそうですが、オーブントースターで10分~15分あたためてもおいしいとのことで、初めて購入してみました。
自然解凍していただきましたが、ジュワ~ッと密が沁み出してきて、ねっとりした食感ととろけるような甘さは、まさにそのまんまスイーツの味でした。
「ひとくちに焼きいもといっても奥が深いですよ。」と、今回、迫屋さんからお店に置いてあった一冊の本を薦められました。
読んでみると、焼きいもが、世界各地の街角で販売されていて、愛されていることを知り、世界が広がりました。
海外各地の焼きいも事情
(「焼きいもが、好き!」企画編集・日本いも類研究会「焼きいも研究チーム」参照)
- アメリカ
サツマイモ生産量世界第6位のアメリカでは、栄養的側面から健康食として見直されている。カロテンが多いオレンジ色のねっとり系のイモが人気で、オーブンでベイクドポテト風に焼いて食べることが多いそう。11月の感謝祭で七面鳥の丸焼きの付け合わせに必ず添えられる。 - 中国
世界第1位のサツマイモ生産国で、世界の約80%以上を生産する。都市の街角には、自転車で引くリヤカーに焼き釜を乗せた焼きいも屋が走っている。屋台の焼きいももある。 - 台湾
おどろくほど焼きいも文化が発展している。国内7000店以上のコンビニでの焼きいも販売をリードしているのは、最大手の「瓜瓜園」。それまでは街頭での移動販売の主流だったが、2001年に冷凍焼きいもが開発され、夏場でも衛生的で品質の良い焼きいもが食べられるようになった。 - 韓国
日本と同じく冬場は焼きいもが人気。移動式の屋台で売っている焼きいもを買ってきて、キムチとお茶と一緒に食べるという。 - ベトナム
サツマイモ生産量第5位。街角に焼きいもの屋台があり、七輪等で焼いて売っている。 - インドネシア
サツマイモ生産量第4位。西ジャワ州のサツマイモ「チリンブ」を使った焼きいもは、糖度が高く、とても人気があるそう。 - インド
サツマイモ生産量第7位。移動販売式の屋台があり、店の人が焼きいもの皮をむいて小さく切り、マサラやレモン汁、ライム等をかけてくれる。
それぞれの国に独自の売り方や食べ方があって、多様な焼きいも文化が息づいているんですね。
「おいもづくし」を楽しんで!
「焼きいもにぎわい商店」には、焼きいもばかりでなく、芋けんぴや干し芋、いも飴など、おいもを使った商品がズラリと並んでいます。
その他、1パック129円のおいもスティックや火曜日、木曜日、土曜日、限定販売のさつまいものかき揚げ、がね天も人気です。
どちらもお店に出したら、あっという間に売り切れてしまう人気商品です。
みなさん何だかとてもしあわせそうな顔をしていらっしゃいました。
寒くなって、焼きいもの温かさが恋しくなる季節。私も、石釜から選んだほかほかの焼きいもを紙袋に入れてもらっての帰り道、冷たい手があったかくなって、心までほっこりなってきました。これからますます楽しみな季節ですね。
おわりに…
ビタミンCやカリウム、食物繊維を豊富に含み、おいしくヘルシーな食品として、近年ますます人気が高まっている焼きいもですが、その原料となるさつまいもの生産を脅かす心配なできごとも起きています。2018年11月以降、これまで国内では未発生だったサツマイモ基腐病(もとぐされびょう)の発生が相次いで確認され、以来全国で急速に拡大してきているのです。ひとたび病気が発生すると、ツルや葉が枯れ、土中のイモが腐敗するという怖い病気で、防除が難しく、甚大な被害を及ぼすと言われています。
生産者の方々は「持ち込まない、増やさない、残さない」と徹底した防除対策に努めながら、心配な日々を送っていらっしゃることでしょう。日本に伝わってから、400年以上の歴史を持つさつまいも。江戸の街中に初の焼きいも売りが現れたのは、200年以上前のことだと聞きました。戦時中には食糧難を支え、今も子どもからお年寄りまで安心して食べられる健康食として愛され続けているさつまいも。品種改良や貯蔵、栽培、加工技術の進歩によって、私たちは、より魅力的なさつまいもをいつも身近に食べることができるようになりました。それもこれも、技術的な努力をたゆみなく続けてこられた生産者や関係者の方々のおかげ。健康でおいしいさつまいもが、この先も安心して食べられる日が続くことを心から願うばかりです。
「焼きいもにぎわい商店」からのお知らせ
焼きいもにぎわい商店では、自慢の焼きいもを冷蔵・冷凍で全国発送しています。
電話、FAX、メールにて注文を承っています。詳しくはお店のホームページにて
ご確認ください。