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唾液検査で新型コロナの迅速診断に挑む!鹿児島大学 隅田泰生教授


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これまで「てのん」にご登場いただいた方々が、今、新型コロナウイルスにどう向き合い、どう乗り越えようとしていらっしゃるのか、オンラインで結び、率直に語っていただくシリーズ。6回目は、唾液での新型コロナウイルスのPCR検査を開発した鹿児島大学大学院理工学研究科の隅田泰生教授にお話を聞きました。

唾液を使ったPCR検査は、検査時間の大幅短縮や医療従事者の感染リスクを軽減できるなど、その効果が大きく期待されています。6月10日に保険適用され、現場利用に向けて多忙を極める隅田さんに新しい検査法の可能性について語っていただきました。

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鹿児島大学大学院理工学研究科(糖鎖生物化学)

大学発ベンチャーを立ち上げた
アクティブなバイオ研究者

隅田さんは大学で長年バイオテクノロジーの研究に携わってきました。専門は細胞の表面にある糖鎖(砂糖で出来た鎖)の研究。糖鎖にウイルスが結合しやすいという性質に着目し、その糖鎖を付けた「ナノ粒子」を使ってウイルスをいち早く捕らえる独自の手法「糖鎖ナノ粒子法」を開発してきました。

糖鎖を使ってウイルスをいち早く捕らえ検出する技術を開発した隅田泰生教授 (2019年7月 鹿児島大学の研究開発拠点にて)糖鎖を使ってウイルスをいち早く捕らえ検出する技術を開発した隅田泰生教授
(2019年7月 鹿児島大学の研究開発拠点にて)

「使えるものじゃなければバイオテクノロジーじゃない」との持論から2006年には大学発のベンチャー企業を立ち上げ、研究成果を世の中の役に立つものとして事業化、ビジネス化していくことにこだわってきました。

2011年には唾液からエイズウイルス(HIV)を検出する手法を、2015年には鳥インフルエンザウイルスを短時間で検出する遺伝子検査技術を開発。特に注目を集めたのが、唾液を使って簡単に出来るインフルエンザ検査の開発でした。

これまで2時間以上かかっていた検査結果が20分以内に短縮でき、検査の感度も従来の1万~50万倍ともいわれ「検査の圧倒的な時間短縮」と「超高感度」を実現する画期的なウイルス検査としてメディアにも度々取りあげられました。

鼻の奥の咽頭から粘液を採取する従来の検査法と違って、唾液での検査法は、痛くない検査法としても注目されました。2017年には先進医療の承認を得て、今年(2020年)冬の実用化に向けて、薬事承認を目指しての臨床試験(治験)の真っ最中でした。

このタイミングで、新型コロナウイルス問題が起きたのです。

唾液検査を新型コロナウイルスの
PCR検査に利用できないか?

去年7月に取材をさせていただいて、隅田さんの開発した唾液を検体とするウイルス検査法が、検査を受ける側にとっても検査する側にとっても、良いことずくめのように感じました。

日本でも新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し始めた2月の頃、隅田さんに「この検査法を新型コロナウイルスにも応用できないのでしょうか?」とお尋ねしてみました。すると「お話しできる時が来たらお話します。しばらくお待ちください。」とのご返事。すでにこの時、隅田さんたち鹿児島大学大学院理工学研究科の研究グループでは、「糖鎖ナノ粒子法」を用いて唾液から新型コロナウイルス感染の有無を調べる検査キットの開発に着手していました。

Zoomインタビューは、研究開発の拠点である鹿児島大学とを結んで行われました。開発に至るまでの苦労話や裏話も伺うことができ、未知のウイルスに挑む研究者のお話はとても興味深いものでした。

ZoomインタビューZoomインタビュー

「ちょうどその頃(2月頃)から始まったんですよ。(笑)前からインフルエンザを(唾液検査の研究)一緒にやっていた浜松医療センターの田島先生(感染症内科・田島靖久医師)が、病院に(コロナの)患者さんが入ってきて『絶対に唾液でできるはずだから一緒にやりましょう。やってくれませんか。』って言ってくれて。

患者さんも大変だし、医療関係者も大変な時だったので、お役に立てるかなと思ってやり始めて、ようやくここまで来ました。(世の中は)ステイホームだったけど、僕はステイinラボでしたよ。(笑)その間、ずっとラボにいました。(笑)」

6月2日、国が唾液による新型コロナウイルス検査を承認、保険適用へ

日本は諸外国に比べてPCR検査数が少なく、検査をすぐに受けられないことが問題視されてきました。原因として検査機器、試薬、検査できる医療機関や経験や知識のある人材の不足など様々な要因が考えられ、検査体制の強化が急務となっていました。

こうした中、これまで鼻の奥の咽頭から検体を採取する方法(鼻咽頭ぬぐい液)でのPCR検査しか認めていなかった国が、唾液でのPCR検査を承認する方向に大きく動いたのです。

6月2日、厚生労働省は、PCR検査の検体に唾液を使うことを認め、公的医療保険が使えるようになりました。厚生労働省・研究班の臨床研究で、発症から9日以内の症例では鼻の粘液と唾液によるPCR検査の結果判定がほぼ一致することが分かったのです。

これを受けて、国は発症から9日までの人を対象とした唾液によるPCR検査を保険適用とし、公的な検査法として認められることになったのです。

隅田さんたちが開発した検査キットは6月10日に保険適用となり、Zoomインタビューはその直後の6月12日に行われました。15日からは、いよいよ医療機関や検査機関に向けての発売が始まるというタイミングでした。

「今、分刻みの忙しさですね。(笑)今回は、コロナの緊急試用ということで研究用試薬を一時的に臨床の検査に使うということを許可してくれたということです。その分、保険点数も高いんですけど、おそらくこの状況で使えるのは長くても次のシーズンまでなんで、その後はPMDA(承認審査等を行う独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の承認を経てやらなきゃならない。今、そっちの方向を目指して走ってます。」

隅田さんたちの研究グループが開発した「糖鎖ナノ粒子法」を用いた検査法の特徴はどんなところにあるんでしょうか。

独自の唾液PCR検査の有用性を聞いた

  1. 唾液検査は「痛くない」「感染リスクが少ない」検査法
    ZoomインタビューZoomインタビュー

    「岡留さん、インフルエンザの鼻グリ検査やったことありますか?あれって本当に苦痛なんですよ。」と隅田さん。長年ウイルス検査の検体として唾液を用いる研究を続けてきた隅田さんはそのメリットをこう話します。

    「鼻の奥の粘液を採る検査って、綿棒を鼻腔の奥の咽頭という喉まで突っ込んでグリグリやられて、めちゃくちゃ痛いんですよ。絶対やりたくない。(笑)検査中に咳やくしゃみも出やすくて、検査する人が飛沫を浴びる危険性がある。だから新型コロナウイルスのPCR検査は、感染防護具をつけて(サージカルマスクやゴーグル、医療用ガウン、フェイスシールドなど)完全防備でやらなきゃならない。

    今、現場では着替え(感染防護具)が無くて苦労しているでしょ。唾液検査だったら、唾液を自分で採れば良いんですから、医療関係者がやる必要がない。検体を回収する時にマスクと手袋を付ければ済みます。検査する側にとっても、される側にとっても負担が大幅に軽減されて、いいことがいっぱいあるんです。」

  2. 「安全」「迅速」「簡便」を実現
    鹿児島大学内の研究拠点での隅田さん(2019年7月)鹿児島大学内の研究拠点での隅田さん(2019年7月)

    隅田さんたち研究チームが開発した検査キットの最大の特長は検査時間の大幅な短縮です。従来法で、1時間ほどかかっていたPCR検査の前処理(唾液からウイルスの遺伝子を抽出・精製する)がおよそ3分で済み、検査全体にかかる時間も従来法で数時間かかっていたものが最短20分ほどに短縮できるといいます。

    検査の精度についても、臨床実験(約100検体)で従来法(鼻腔頭拭液検体)とほぼ同じ結果が得られました。隅田さんは未だワクチン開発は途上にあり、特効薬も限られている中で、感染拡大の防止には、PCR検査の拡充が欠かせないとして、この「安全」「簡単」「迅速」な検査法が大きな力を発揮すると話します。

    「例えば脳いっ血とか交通事故とか急患の患者さんが来られるでしょ。急患が入って来た時、コロナかどうかということをパッと決めなきゃいけないんですけど、今、医業現場はみんなおっかなびっくりやってる。PCR検査の結果を待つのに何時間もかかっていては、待っていられないですよね。

    我々はそれを20分でできる技術をもっているので、白黒決めて治療に臨める。もちろんあとから出てくるということもあるんだけど、リスクを最小限に減らすことが出来ます。感染リスクを回避しながら迅速に治療にあたることができるんです。

    それからもう一つ、これはややこしいのであまり大きく言っていないんですけど、この検査ではウイルスが体内に存在していても、人に感染させることのない状態になったことを確認することができるんです。

    生きているウイルスがどのくらいあるのかということが我々の検査をすればある程度分かるので、残骸だけの死んだウイルスだけ残っている患者さんに対して、もう退院しても良いなぁという判断ができる。必要のない入院を強いることが無くなって、ベッド不足の解消にもつながるのではないかと思っています。」

開発までの試行錯誤の道のり

研究開発は、これまでのインフルエンザ研究で培った蓄積があったものの、未知のウイルスへの応用は試行錯誤の連続でもありました。

もともと唾液の中のウイルス量は鼻咽頭より少ないとの報告があり、特に新型コロナウイルスは、下気道(気管、気管支、肺)でウイルス量が多い為、当初は唾液からウイルスを検出するのにも苦労しました。入院患者の臨床実験で従来法(鼻腔頭拭液検体)と比較検証しながら、検査の精度を高めてきました。

「もともと我々の方法は、ウイルスを濃くする濃縮という技術を使っているんですが、当初はそれをやってもウイルスが見つからないというレベルでしかなかったです。最初は、入院患者さんの唾液を採れる時間に採っていたんですが、朝起きぬけの唾液を取ればきれいに測れることが分かってきて、これは論文になりました。

検査の感度を上げるのにも苦労しました。我々は感度限界(どれだけ少ないウイルスのサンプルで測定できるか)と呼んでいるんですが、これも国の基準を大きく下回っていて、めちゃくちゃ感度が良いんです。感度を上げるにはノウハウがあるんですけど、2月から3月にかけてかなり苦労しましたね。だからステイinラボでした。(笑)」

唾液によるPCR検査をめぐる動向

国の保険適用の動きを受けて、これまでの鼻咽頭ぬぐい液による検査キットを販売していた研究機関や検査薬メーカーも相次いで唾液検査の承認、保険適用へと動き出しました。(厚生労働省は6月2日時点で23品目を保険適用)また東京都や大阪府など複数の自治体がいち早く導入の意向を示すなど、唾液によるPCR検査は、感染の第2波に備えての検査体制強化の切り札として導入が一気に進みそうです。

隅田さんたち研究グループが開発した検査キットの製造は、隅田さん自らが立ち上げ、代表を務めるベンチャー企業「スディックスバイオテック」が担います。すでに1,000人分のキットと1万人分の原料を確保して必要とされる医療機関や検査機関に導入を働きかけていくことにしています。

今回、唾液を使った新型コロナウイルスの検査キットの開発に取り組んだ気持ちを訊ねると…

ZoomインタビューZoomインタビュー

「この話のお声がかかった時、正直これまでやったら忙しくて死ぬなぁ(笑)と思いましたけど、これは僕はやらないとダメでしょう。自分で言い出して、インフルエンザを唾液でやれるようになって、これまでずっとやってきたノウハウが今、全部僕の中に蓄積されて使えるようになっている。ウイルスが違うだけでやり方自体は同じなんですから。」

そして隅田さんが「絶対やり遂げなければいけない」と言うのが、唾液で新型コロナウイルスとインフルエンザを同時に検査できる方法の確立です。

「この冬のシーズン、新型コロナとインフルエンザが同時に流行しますよ。町のお医者さんは、インフルエンザ検査は鼻グリしかしていないじゃないですか。もしコロナにかかった患者さんが来て、グリグリってやってハックションってなったら…(怖くてお医者さんたちが)検査はもうやらないって言ってます。

今まさに、僕らは唾液でコロナとインフルエンザを一緒に測れるものを作っているところです。もうだいたい目途がついていて、もう少ししたら完成します。あとはこれをどうやって保険に入れてくれるかですかね。(笑)」

隅田さんは、新型コロナウイルスの問題をきっかけに、これまでのウイルス検査の景色が大きく変わっていくだろうと予測します。ウイルスとの共存の時代にあって、感染拡大を防ぐためには検査体制の拡充が欠かせません。中でも自己採取でき、安全に迅速に簡便にできる唾液検査への期待は高く、その普及が感染拡大防止の鍵を握っているとも言われています。

実際、出入国時の検疫現場、スポーツ選手への試合前検査、クラスターが心配される夜の町や感染リスクの高い医療や福祉施設などでの定期的な検査など様々な場面での活用が期待されています。

簡便な唾液法とウイルス量が多い従来法(鼻腔頭拭液検体)との併用で診断の正確性を高める方法も示されています。「唾液」の検体としての可能性を実証する研究がさらに進化して、その実用化が広がっていくことを期待したいと思います。

インタビューを終えて

隅田さんの研究者としての理念は「バイオテクノロジーの技術を社会で使えるもとして世に送り出し、世の中に生かしていくこと」今、これまで培ってきた地道な研究の成果を果実として活かす時だと全力投球しています。

Zoomインタビュー当日も緊急の打ち合わせや会議が入り、隅田さんの忙しさを肌で感じました。そして、お話からこれまでの蓄積の上に開発した遺伝子検査法への自信とさらなる探究心を感じることができました。

疲れ知らずのその姿は、まさにベンチャー魂溢れる研究者の顔でした。私の知らなかったウイルス研究とその実用化に挑む人たちもまた、新型コロナウイルスから私たちの命を守るために日々汗を流している最前線なのだと感じました。

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