今年も残り少なくなってきました。鹿児島市の福祉施設いしき園では、入所者のみなさんが、10月末からしめ縄づくりに励んでいます。
いしき園で43年前から続いてきた恒例行事。鹿児島市役所の正面玄関に飾られる大しめ縄も、毎年いしき園のみなさんが作ってきました。来年3月に閉園となるいしき園。長年しめ縄づくりを担ってきた故老たちの丁寧な手仕事を拝見してきました。
トントントンの音が響く
木槌で稲藁を叩く音が響きます。10月も終わりの頃になると、いしき園のしめ縄づくりの季節がやって来ます。
昭和51年から途絶えることなく続いてきた風景です。今年は台風の影響で稲藁の痛みが激しく材料の仕入れにもひと苦労したそうですが、職員さんが農家の方のところに出向いて、調達してきてくれました。
入所者のみなさんも高齢となり、ここ数年は足腰の痛みや体調不良を訴える方が増えてきました。今年は2ヶ月にも及ぶしめ縄づくりをやり遂げることができるだろうかと心配する声もあがったそうです。
でも、来年3月の閉園が決まっているいしき園にとって、みんなで一緒にできる最後のしめ縄づくり。「待っていて下さる方々のためにも、もうひと踏ん張りしよう」と意見がまとまりました。作る数を去年の半分に減らし、無理をしないで、これまで大切にしてきた丁寧な仕事を心がけようということになりました。
しめ縄の意味
お正月になると、家々の玄関や軒先などに飾られるしめ縄ですが、どんな意味があるのでしょうか?
しめ縄は、神の宿る領域と現世を隔てる境界・結界をあらわしていると言われています。お正月には、どの家にもその年の神様である歳神様が降りてくると考えられていて、その歳神様を迎え、祀るための神聖な場所の目印としてしめ縄が飾られ、古い年の不浄や悪気を断ち、家を祓い清めてくれると言われています。
最近では、コンパクトな現代風のしめ飾りが主流になり、昔ながらのしめ縄を飾る家庭も少なくなってきていますが、いしき園のしめ縄は、昔ながらの伝統的なもの。
2メートル、3メートルといった一般家庭用のサイズから4メートル、5メートルといった会社や施設など向けの大物まで注文に応じて作るオーダーメイドです。その工程をみるのは初めてのことでした。
しめ縄のつくり方
いしき園で今年しめ縄づくりに参加したのは13名。職員さんの指導の下、それぞれが役割を担いながら、週3日、午前と午後、それぞれ2時間ずつの仕事を続けてきました。
みなさんのまとめ役、職員の肥後良國さんにしめ縄のつくり方を教えていただきました。
- 藁を叩く
藁を柔らかくするために、木槌で叩きます。トントントンと心地よい音が響きますが、けっこうな力仕事です。
- 選る(すぐる)
稲藁の袴やくずを取り除いていきます。きれいな仕上がりには欠かせません。一本一本、選り分ける作業はとても根気のいる仕事です。
- 藁に水を含ませる
藁が折れてしまわないように、硬い藁を水につけて柔らかくします。編みやすいようにするための大切な下準備です。 - 編む
手のひらで転がしながら、編んでいきます。締め上げながら、少しずつ藁を足しながら、しっかりと編み上げるには熟練の技が必要です。
- ひげきり
飛び出たワラ毛を切ってきれいにしていく作業。綺麗な仕上がりには手抜きが出来ません。
- 巻き
編み上がったしめ縄を巻いていく作業。藁を取ってまとめながら、ほどけないように締めながら上手に巻き上げていきます。
- 仕上げ
橙(代々の繁栄)やうらじろ(表裏のない清廉潔白さ)などの縁起物を飾り付けて完成です。
編み手の名人たち
いしき園でしめ縄を編むことができる編み手は4人。長年この仕事を担ってきました。藁のいい香りに包まれる中、みなさん静かに一心に手を動かしていました。
「ここに来て、29年になるけど、しめ縄づくりを休んだのは、足が痛くて出来なかった1回だけ。長く座っていると立ち上がりがキツイけど、今年は最後だからね。みんなが喜んで、いしき園のしめ縄は、『念が入ってる』って言って待っていてくれるから頑張らんと。」
中川直さん87歳のしめ縄づくりには、さらに年季が入っています。
「もうじゅうごろっ(15,16歳)の頃から、正月になると家で作りおったから(作ってたから)作り方は慣れちょっと(慣れてるから)。」
しっかり足で締めて、編み上げていきます。
「力を入れんな、こげん小さくならんと。藁をどひこばっかい握ればよかかが、加減がむっかしとなぁ。(藁をどのくらい握って編めばいいか加減が難しいよね。)」
それぞれが長年の体で覚えた感覚で見事に編み上げていきます。
そして、自分なりのちょっとした工夫が…
「私の場合は、このしめ縄の垂れの部分をちょっと多めに入れてあげるの。
垂れが多いと、お客さんが喜ぶからねぇ。」
中川さんは…
「こん草鞋(わらじ)でこするとちょうど柔らかくなってよかふになっと。
(いい感じになるの)こん草鞋は、あたいが作ったと。むっかしなかよ。(難しくないよ。)しごっが楽にできるように、我が難儀をせんごっ作ってるのよ。これですると柔らかくなってきれいになるでしょうが。こいがいっぱん良かよ。(仕事が楽に出来るように、自分が難儀をしないように作るのよ。草鞋でこするときれいに仕上がるのよ。これ(草鞋)が一番いいよ。)」
そして毎年、鹿児島市役所本庁の玄関を飾る20メーターの大しめ縄を編むのが田中清利さん、77歳です。
「この仕事は、私しかできないからね。」と誇らしそうです。「楽しみだよ。あれを作らんと、正月が来ないよね。最初はね、ここにいた職員さんが
『いしき園でしめ縄を作ってみたらどうだろうね』というひと言で始まったの。それからもうず~っとだから長いよね。こうしてね、足で押さえて、引っ張らんないかんからね。力がいりますよ。手にもタコが出来たりしてね。でも、やっぱりこれがあるから張り合いがありますよ。」
「今年が最後だったからね~」と感慨深そうです
請け負った注文品の受け渡しの日。常連のお客さんたちが次々にやってきました。
「今年が最後って聞いてね…ほんとに残念です。」
「事務所用と貨物船に張る大しめ縄を毎年こちらで作ってもらっているんです。安全祈願の為に、船にしめ縄を張るんですが、大しめ縄を作ってくれるところが年々少なくなって困っていたところ、こちらの話を聞いて。それから毎年お世話になっているんです。有難いです。来年からどうしましょうかね。」
いつも年末に店先に並ぶしめ縄を何気なく手にしていた私ですが、その仕事ぶりに初めて触れました。その丁寧な仕事ぶりと届ける方々の喜ぶ顔を思い浮かべながら丹念に作るみなさんの姿を見ていて胸が熱くなりました。そして長い人生を生きてこられた方々の体の中に蓄えられた知恵と技に改めて尊敬の念が湧いてきました。
心を込めて作って下さってありがとうございました!
来年の年の瀬にはこの風景は見られなくなります。みなさんが新しい場所で、それぞれに得意技と能力を発揮して、穏やかで笑顔の毎日を過ごされることを心から願いました。
12月27日、田中さんの編んだ最後の大しめ縄が鹿児島市役所本庁の表玄関を飾りました
その姿は堂々としていて、青空に向かって大きな翼を広げているように見えました。


おわりに
今年も「てのん」を通してたくさんの方々と出会うことができました。私たちに知らない世界を見せて下さり、日々の暮らしの大切なことを教えて下さったみなさま方に改めてお礼申し上げたいと思います。
一年間、お世話になりました。
新しい年がみなさまにとって良い年でありますように…
「てのん」編集室一同