福岡で「ぐいパンプロジェクト」を立ち上げた ~神戸海知代さん~part1

東京でコピーライターとして第一線で活躍し、2年半前から福岡で生活を開始。
すぐに女性一人で「かんべ笑会」を設立し、広告の仕事をする傍ら、手ぬぐいから子供用のパンツを作る「ぐいパンプロジェクト」をスタートさせた神戸海知代さん。

コピーライター・起業家・そして母親の顔を持つ神戸さんのこれまでの活動や「ぐいパンプロジェクト」にかける思いを伺いました。

ぐいパン期間限定ショップ
ぐいパン期間限定ショップ

先日の「てのん」のイベント情報でお伝えしましたが、今年のゴールデンウイーク中、福岡市の博多リバレインで、手ぬぐいで作られた子供用のパンツ「ぐいパン」の期間限定ショップが開かれました。

こちらが「ぐいパン」です。

こちらがぐいパンです。

博多の伝統の祭「博多山笠」の手ぬぐいで作られた「ぐいパン」や、さまざまな可愛らしいデザインの手ぬぐいで作られた「ぐいパン」が販売されていました。

博多の伝統の祭「博多山笠」の手ぬぐいで作られた「ぐいパン」や、さまざまな可愛らしいデザインの手ぬぐいで作られた「ぐいパン」が販売されていました。
博多の伝統の祭「博多山笠」の手ぬぐいで作られた「ぐいパン」や、さまざまな可愛らしいデザインの手ぬぐいで作られた「ぐいパン」が販売されていました。

そして、にこやかに接客されているこちらの方が神戸海知代さんです。

神戸海知代さん
神戸海知代さん

「もちろん「ぐいパン」が商品として普及していくことも大事なんですが、まずは、「ぐいパン」を通して、新たな人と人とのつながりが生まれたり、イベントを仕掛けたり、いろいろチャレンジしていけたらと思っているんです。そういう気持ちでプロジェクトという言葉を使って事業をはじめました。」

では神戸さん、どのような経歴をお持ちの方なのでしょうか?

東京でコピーライターとして活躍

神戸さんは、福岡に来られる前は、東京の大手広告代理店にお勤めでした。そしてコピーライターとして食品会社や家電メーカー、医療機関、大学などさまざまな業種の広告物の制作に携わって来られました。

広告は心理学だと考え、いつもきめの細かい提案を心がけていらっしゃるそうですが、神戸さんが手がけた広告は高い評価を受け、これまで数々の賞も受賞されてきました。

神戸さんの手がけたお仕事

神戸さんの手がけたお仕事

ふたりでゆっくり、話をしたいから。
今夜は一品、ふやしてみる。
(ヤマサ醤油 昆布つゆ)

hotate

うれしいコトがあると、
顔より食卓に出ちゃうのよね。
(ヤマサ醤油 鮮度の一滴)

この他のお仕事

  • すごいコトしていないけれど、
    毎日あの人につくっている。
    (ヤマサ醤油 鮮度の一滴)
  • 若づくりはいやです、
    若いままでいたいんです。
    (シロノクリニック)
  • ちょっと、セブン銀行へ
    (セブン銀行 みんなのATM)

神戸さんの受賞歴

  • 文化放送ラジオ大賞 天野祐吉賞(シャープ)
  • 消費者のためになった広告コンクール金賞(総理府)
  • 日本雑誌広告賞 経済産業大臣賞他(ヤマサ醤油)
  • 読売関西広告賞 優秀賞 (立命館大学)
  • オレンジページ広告大賞 審査員特別賞(資生堂)
    他多数・・

このようにコピーライターとして第一線で活躍されて来た神戸さんですが、44歳の時に一つの転機が訪れました。

神戸海知代さん
神戸海知代さん

「会社にいた頃はとにかく仕事三昧で、いかに仕事に時間を注ぐかっていうのが自慢話になるというか、例えば『何日徹夜した!』とか、『親の死に目に会えなかった』とか・・。

広告業界がいやだったという訳ではないんです。でもどこかで『こんな生活、ちょっと変だな?』と思っていたんですね。

結婚は平成10年にしていました。しかし、子供も出来なかったので、このまま母親になることはないだろうなあと思っていました。

ところが平成26年、44歳の時にたまたま妊娠し、45歳で子供を産むことになったんですね。たぶんそこが一つの転機だったと思います。」

神戸さんは、出産する病院で、出産を控えたお母さんたちと出会います。

多くは神戸さんより15歳くらい年下のお母さんたち。そのママ友から職場の話や違う世界の話などいろいろ聞いたそうです。

広告業界の世界しか知らない神戸さんにとってママ友との出会い、ママ友の話はとても新鮮でした。そして「いろんな世界があるんだなー。あー、ちょっと違う生き方も試してみたいなー」と思うようになってきたそうです。

そんな思いを胸に秘めながら、神戸さんはおよそ5か月の育児休業を取得後、お子さんを保育園に預けながら会社に復帰しました。

しかしその5か月後、神戸さんに第二の転機が訪れるのです。

夫の仕事の関係で福岡へ

「夫が仕事の関係で、福岡に行くことになりました。当然私の仕事をどうするか?ですよね。

勤めていた会社に相談したら『会社の九州支社に増員は出来ないから、もし今の会社で仕事を続けるなら、東京で単身赴任をするか、他の方法を探すか2択だよ』って言われて、『えっ!単身赴任?』と思ったんですね。

その頃子供は生後10か月ほどでしたが、もし、私が仕事を続けるなら、東京で子供を保育園に預けながら2人の生活をして、夫は福岡で・・という生活になりますよね。どう考えても不自然ですよね。

それに、福岡って少し興味があったんです。元気な町って聞いていたし、福岡で、これまでと違う生き方ができるんじゃないかなあと思ったんですね。それで、仕事を辞めて夫と一緒に福岡に行くことに決めたんです。」

2015年10月、神戸さんは家族一緒に福岡に引っ越してきました。
その2か月後、正式に会社を退職しました。

株式会社かんべ笑会を設立

福岡に来て、神戸さんはさっそく行動をおこします。
2016年1月、株式会社かんべ笑会を立ち上げるのです。

かんべ笑会ホームページより
かんべ笑会ホームページより

「もうすぐアラフィフだよという年齢だったんで、転職するというよりは、自分で新しいことを始めようかなあと思ったんですね。ただ、福岡に仕事の相談ができる知り合いもいないし、身寄りもなかったので、いきなりフリーランスで始めるよりは、かんべ笑会というよりどころがあった方が信頼してもらえるかなぁと思って立ち上げました。

社員は私一人なんですけど、育児や家庭も大切にしながら自分のペースで仕事ができますし・・これが福岡での始まりですかね。」

神戸さんは、コピーライターの他にも、コミュニケーションプランナー、クリエイティブディレクターの肩書も持ちます。

東京の広告代理店で培ったノウハウを生かし、クライアント(顧客)の希望を聞き取りながら広告などの制作物を企画、制作したり、商品開発をするにあたっての企画・立案を手伝ったり、イベントやセミナーなどを企画し、実施したり、このような仕事を始めようと、神戸さんは福岡での一歩を踏み出しました。

東京での輝かしいキャリアをお持ちなので、福岡でもスムーズに仕事をはじめられたのではと思ったのですが・・・

「最初は思うように仕事がこなかったですね。広告代理店や制作会社を回って営業活動もしたんですが、福岡って昔からの付き合いを大事にする人付き合いの町なんだなあと。その場ではすごく盛り上がって手ごたえを感じ、急に忙しくなったらどうしようと思ってもオファーが来ない。新参者には慎重なんですね。その繰り返し。最初は全然期待通りにはならなかったですね。」

しかし、徐々に状況が変わっていったそうです。

「かんべ笑会のホームページを見て『お願いしたい案件が見つかりましてー。』と、ぽつぽつと仕事が入り始め、その仕事の成果が良かったという事でまた次の依頼が来る。今度は、顧客の方の紹介で、別の方が相談に来て下さる。そういう人と人との繋がりで、今は、こちらの方から営業に行かなくても仕事が来るようになりました。」

かんべ笑会になってからの福岡での神戸さんのお仕事です。

かんべ笑会になってからの福岡での神戸さんのお仕事です。

からだも、味覚も、
しっかり育てたい。
(久原本家 茅乃舎だし)

からだも、味覚も、しっかり育てたい。(久原本家 茅乃舎だし)

若々しく生きる時間がふえるなら、
高齢化はうれしい。
(キューサイ)

※キューサイの企業広告は、今年、第57回福岡広告協会賞の銀賞(アーバンアド部門)と銅賞(新聞・雑誌部門)を受賞

かんべ笑会のwebサイトにはこう書かれています。
「会えば会うほど福をよび笑いあふれるココロあったまるコトバを、アクションをよびおこすアイデアを、どしどし生み出していきたい」

神戸さんがお仕事を通してやっていきたいこと。それは、人の心を動かす珠玉のコトバを生み出し、新しい生き方や人と人とのつながりを提案し、その仕掛けを作っていきたい、ということだと思います。
こうした神戸さんの思いが、「ぐいパンプロジェクト」にも繋がっているように思います。

ぐいパンプロジェクトを始める

福岡で本業の広告制作が軌道に乗り始めてきた神戸さん。
そのお仕事と並行してもう一つ力を入れているのが「ぐいパンプロジェクト」です。

「福岡に来て一年経ってないころですかね。知り合いの方から博多山笠の手ぬぐいがたくさん余っているというお話があって、ためしに1歳半になる息子のためにパンツを作ったら、とても気持ちよさそうにはいていたんですね。直観ですかねー。少し頑張ったらおもしろいことができるんじゃないかな?と思ったんです。もし私が子育てしていなかったら考えていなかったでしょうね。」

広告制作のかたわら、福岡に来て一年足らずで新しいプロジェクトを始めようと立ち上がった神戸さん。
現在までどのように「ぐいパンプロジェクト」が展開されているのでしょうか?

神戸さんが「ぐいパンのおかあさん」と名付けた、「ぐいパン」を縫製で支える方も登場します。

「ぐいパンのおかあさん」と一緒に・・
「ぐいパンのおかあさん」と一緒に・・

この続きは、次回お伝えします。


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投稿者: てのん記者