日置市内には、いくつか魅力的な棚田があります。今回は、日吉町の草見の棚田に行ってきました。
伊集院市街から、県道37号「伊集院日吉線」を日吉方向へ、上日置のバス停付近で左に曲がって5分ほど走ると、右手に棚田が現れます。
邪魔にならないところに車を停めて、棚田沿いの道を歩きます。
しっかりと積まれた石垣と、手入れの行き届いた田んぼ。時折、百舌鳥の鳴き声が聞こえたかと思うと、ふわりと銀木犀の香りがして、秋が心にしみわたります。
足音に驚いて逃げ出すカエルにあちこちで遭遇。踏みつけてしまわないように、足元にも気を配りながら歩きます。
しばらく行くと、少し趣の異なる棚田がありました。所々にあずまやがあって、公園のような雰囲気。
手入れをしていた方に、思い切って声をかけてみました。今別府ちづるさん。13年前から実家の棚田を手入れし、花を植えてきたそうです。
父親が亡くなったあと、世話をする人のいなくなった棚田は次第に荒れていき、竹まで生えてくる有様だったそうです。
そんな棚田を見るたび、胸が痛くてたまらなかった今別府さん。一念発起して、棚田を再生させることに。隣町の伊集院から、暇を見つけては棚田に通い、生い茂った雑草をこつこつ取り除き、土を耕し…。
手間も時間もかかる稲作はできそうにないので、季節になれば咲いてくれる紫陽花を植えることにしました。
しばらくすると、今別府さんの本気のやる気にほだされた地域の人たちが、手を貸してくれるようになったそうです。崩れていた棚田の石垣を組みなおしてくれたり、橋をかけてくれたり…。そのために、役所に掛け合ったりもしてくれたそうです。
今別府さんはこう話します。「この棚田は、先祖が苦労して作ったと聞きました。明治の頃、女性はもっこ(運搬の道具)に石をのせて、急な山道を、かかとから血を流しながら登ったんだよって。そんな思いをして作った棚田だから、大事にしないと。」
棚田は、傾斜地に水田を作るために、先人達が知恵と手間をかけて生み出したもの。美しい風景を見るとき、そこに何世代にもわたる労苦があることを、忘れずにいたいと思いました。
「ここの棚田を見に来てくれたのね。」
そろそろ帰ろうかと歩いていると、軽トラックのおじさんが車を停めて声をかけてくれました。
「稲が黄色くなった頃またおいで。10月の初めんころじゃが。」
丹精込めて育てた稲の晴れ姿をぜひ見てほしい、そんな気持ちが伝わってきました。
ああ、このおじさんも棚田の守り人なんだな…。軽トラックを見送りながら、きっとまた、10月に来ようと心に決めました。